まず、マインドコントロールに利用される誰もが持つと言われている心理がある。
その資質とは、権威性であったり、希少性あったり、コミットメントの一貫性であったり、返報性など様々な心理がある。
これらの心理を巧みに利用し、「思考停止状態」にしてマインドコントロールは行なわれるとされている。
その為、誰でも陥る危険性が有ると言われている。
しかし、それは正しくも微妙に違ってもいると思う。
いや、そこに違和感を感じない所が問題だと思う。
それこそが、マインドコントロールに陥りやすい資質なのだろう。
これを読んでいる人に少し質問したい。
学校で学ぶ学問は本当の事なのか?と言う疑問を持った事は?
報道されるニュースは実際に起きている事なのか?
そんな疑問を持った事は無いだろうか?
学校で学んだ事だから正しい、報道されている事だから本当だと考えている時点で、自分で考えず、自分で経験もせずに、全て本当の事だと思い込んでいるのではないだろうか?
それは学校や報道と言う権威で信じ込んでいるのであって、その時点で「思考停止」ではないだろうか?
逆に、何かと陰謀論を信じる人は「社会性」と言う面から見れば、社会性に問題があるのではないだろうか?
なぜなら、社会性の基本は「信じる事」であり、何かと陰謀論を信じる人は「社会性の基礎」に問題があるとも言える。
質問を続けよう。
学校で学ぶ学問と他人の妄想との違いを考えた事があるだろうか?
もし、学校の先生が自分の妄想を教えていたら?学校で学ぶ事も妄想でしかない。
例えば世界を騒がしている「タリバン」とは「神学生」と言う意味であり、中世ヨーロッパでも神学により科学が否定されていた時代もある。
あのアメリカでさえ、今でも子供を学校に通わせずに親が神学を教えることが許されている。
妄想と現実を分ける物とは何だろう?と考えると、それは経験しかない。
「インターネットマインドコントロールに気付いた経緯」で書いた、ネットでワンクリック詐欺の相談に乗っていた人は「無視する事」と相談者にアドバイスをしていながら、自分が登録されると「不安」を抑えきれなくなってしまった。
彼は対処法の知識はあった。
それは間違った知識ではない。
しかし、それを信じる事が出来なかった。
ではその知識とは何処で学んだのだろう?
学校?友達?弁護士?ネット?
何であろうと学んだ事には変わりはないだろう?
しかし、その知識と誰かの妄想で作られた知識と、区別が付くだろうか?
この例には深い意味合いが含まれている。
「経験を伴わない知識」は他人には平気で使えるが、事が自分に及ぶと不安を抑えきれずに恐怖を覚える。」と言う事である。
この原理は後で説明するとして、妄想と現実の違いは「反復検証が出来る事」である。
検証出来なければ、どれほど理論的な裏付けがあろうとも妄想と変わりは無く、検証しなければその人にとっては妄想と変わりはない、つまりは経験しているかどうかである。
目線を変えて、言葉と言う思考の道具を持たない動物はどのようにして学ぶのだろう?
動物達は経験から学んでいる。
だから、動物の世界には間違いはあっても嘘はない。
人間は言葉と言う思考の道具を持っている。
それは一人の考えを多くの人に伝える為には役立つが、その反面嘘も生まれる。
その嘘を見抜くのも経験しかない。
権威性とは、考えもせず、経験もせず、権威に判断を委ねている状態であり、それは思考停止ではないのだろうか?
希少性も、本当に自分に必要な物かの考えも無しに、希少という言葉に踊らされるだけではないのだろうか?
それは、思考停止ではないのだろうか?
交通事故を騙る振り込め詐欺を例に少し考えてみよう。
一度でも交通事故を経験した人なら、話しの内容を不審に思うだろう。
警察からの電話で弁護士?警察や弁護士が示談?警察が裁判の話?事故ったその日に慰謝料やら示談金?など不審な話で埋まっている。
一度でも事故を経験していれば、事故と言う物は100%の過失は極めて珍しい事を経験で知る。
過失の比率をめぐって論争が繰り広げられるのが事故である。
その交渉に当るのが保険屋であり、無保険車ならともかく、通常は保険金から支払われる。
一度でも事故を経験した事があれば、こうした事は経験しており「おかしい」と気付く。
2度経験していれば「嘘」を確信するだろう。
しかし、経験していない人は「警察」とか「裁判所」とかそうした肩書きを言われると、「そう言う物なのか?」と信じてしまっても不思議ではない。
これが「権威性」による思考停止であり、警察やら裁判所やら弁護士と言う肩書き(権威)で思考を止められている。
つまり、そうした肩書き(権威)を名乗られる事により、それ以上思考するのを止めている状態である。
これはあくまでも交通事故を騙る振り込め詐欺の例だが、権威性による思考停止は至る所に見受けられる。
その一つに「評価」がある。
何かの購入を考える時に、専門家や専門誌、大勢の評価や口コミを気にする事も権威性。
メーカーやブランドに拘るのも一つの権威性。
発言者が誰なのか?を気にするのも権威性。
有名人が使っている、高名な学者が考案した、TVで紹介された等、商品以外の外部性に左右されるのも権威性である。
こうした権威性に捕らわれやすい事が、思考停止に落とし込まれる資質となっている。
その資質を作っている物は?と考えると受験勉強にたどり着く。
本来学問とは、知識で得た事を経験したり、経験で知っている事を理論的に知る事であり、知識と経験のフィードバックが不可欠である。
フィードバックされていない知識と経験は妄想と変わらない。
受験勉強とは、知識だけを詰め込むあまり、経験する時間を奪っている。
それは、嘘を見抜く経験も少ないと言う事でもある。
現代の教育は、自ら考える能力を育てる教育ではなく、こうした教育を受けてきた人は、安易に答えを求める傾向がある。
安易に答えを求めるには、思考や判断を誰かに委ればよい。
本来、経験のフィードバックで知識が事実である事を確信するべき所を、権威で代用しているのである。
「頭を使う」と言う事を、もう一度考え直してみよう。
九九を言える子供と、足し算を指で数えてする子供、どちらが頭を使っているだろうか?
九九は「記憶」であり、指で数える事は「思考」であり、指を動かしているだけ脳を使っている。
つまり、九九を覚えるより、指で数を数えている方が、より脳を使っている。
指で数えるとは、一つの確認作業であり、その確認作業の経験があるからこそ、九九を確信して信じられる訳でもある。
その九九は計算を楽にする。
今の教育は、九九の延長の様な教育であると思う。
例えばこの問題

問題:この長方形の周りの長さは
多くの人が問題を読む前に、図のイメージから反射的に面積と判断し、頭の中で「21u」と瞬間的に答えを出しているだろう。
しかし問題の答えとしては「20cm」である。
瞬間的に答えが出る=頭が良い 本当にそうなのだろうか?
そこを少し考えてみよう。
この四角形の問題はマインドコントロールに陥りやすい資質を象徴した問題である。
そもそも頭が良いとはどう言う事なのだろうか?
「考える」と言う行為は「思考」である。
しかし、21uと答えを出した時に「思考」していただろうか?
3cmと7cmと言う数字を見て、反射的に面積と判断して、四角形の面積の公式「面積=縦×横」が頭に浮かび、公式に数字を当てはめて、九九で瞬間的に答えを出す。
瞬間的な判断も、公式や九九も、記憶や反射であり、思考はしていない。
つまり、思考領域である前頭葉は使われていないという事である。
今の教育は、この延長にあり、より早く答えを出す為の教育であり、知識は身に付いても知恵は身に付かない教育になっている。
何かのCMにも有ったが、日本の教育は2+5=□と問題を解かせる教育で、□+□=7と問題を解かせる教育になっていない。
言い換えれば、何かに興味を持ち、自分で調べて考えるのではなく、暗記する教育であり、自分で調べて考える作業より、効率的に答えを求める為の教育。
体験授業と言いながら、部分的にしか体験させず、さも体験したかのように思わせる教育。
それは前頭葉が発達しにくい教育であり、思考停止に陥りやすい資質でもある。
最も効率の良い答えの求め方は、答えを誰かに聞く事である。
最近は、それが当たり前のような風潮になって来ているように私には思える。
例えば、私がパソコンを覚えた1999年頃は、とにかく触って使ってみて、どうしても分からない事があれば書店で立ち読みしたり書物を買って来て、失敗を繰り返し、色々な事を試しながら独学で覚えた。
今のネットの掲示板等を見ると、自分で調べる前に人に聞く傾向が強いように思う。
集団ストーカー被害を主張する人を見ていると、この傾向が強いように思われる。
キーボードを打つのは早いし、かなり難しい事も知っている、私も知らないような専門用語も沢山知っている。
それなのに、NumLockを知らなかったり、ローマ字入力とカナ入力の切り替えを知らなかったりする。
ソフトの使い方は知っていても、パソコンの操作はあまり知らない。
また、HP作成ソフトやブログを書いている人に見られるのだが、タグを知らない人が多い。
そんな人が、自分のHPにタグを貼り付けるだけのレンタルカウンターを設置すると勘違いを起こしたりする。
本来自分のHPにカウンターを設置する場合、CGIやPHP等のプログラムを自分のサーバーにUPして設置するが、タグを貼るだけのカウンターはレンタルしている所のサーバーにあるプログラムで呼び出して表示させている。
その為、レンタルしている所がサーバーエラーを起こしたり、メンテナンスしたりすれば当然止まる。
しかし、タグの意味を知らなかったりすると、自分のサーバーと言うか、自分のHPに「何かされている」と勘違いしてしまう。
そのサーバーですら自分のPCの中にあると思い込んでいる人もいる。
ウイルス攻撃やハッキングを受けていると言い、その手口等を色々説明して来る人が、ウイルス対策ソフトやファイアウォールも入れていなかったりする。
そんな人が、PCの専門家を自称していたりもする。
成功者の話を聞く時でも、成功の秘訣を聞きたがり、苦労話は聞きたがらない。
成功は失敗や苦労の結果であり、失敗や苦労こそがノウハウである。
成功と言う結果だけを求めてもノウハウが無ければ行き詰る。
安易に求めた答えや、部分的な経験で知ったつもりになっていれば、その知識や経験を生かす時に必ず「知らない事」が多発して壁に当る。
それが他人事であれば気にもならないだろうが、それが自分の身に危険が及ぶ様な事であれば、あの人と同じ様に不安や恐怖を感じる事になる。
それは人間関係でも同様である。
つまり、マインドコントロールに陥り易い資質とは、経験のフードバックを持つ知識と、経験のフィードバックを持たない知識のバランスであり、フィードバックされている知識が少ないほど資質は高く、多いほど資質は低くなる。
また、知識と経験がフィードバックされていても、総量が少なければ資質は高く、多くなるほど資質は低くなる。
この事を踏まえて次に進もう。
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