集団ストーカー及びガスライティングからの脱却法

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集団ストーカー及びガスライティングから抜け出す為には
(まだ若干加筆や追記します)



はじめに

まずはじめに、集団ストーカーやガスライティングと言う犯罪は絶対在るんだ、いやそんな物は無いんだなど存在の有無ばかり論じ合っていても、何も問題は解決しません。

集団ストーカーやガスライティングと言った犯罪が存在するとか存在しないかと言った論点を一度捨てて、まずは客観的に考える力を身に付けましょう。
集団ストーカーやガスライティングの有無の論点は、客観的な考えを身に付けてからでも遅くはありませんし、集団ストーカーやガスライティングと言う犯罪があると主張するにも、客観的な見地から論理的に説明しなければ、誰にも理解されません。

もし感情が高ぶっているのなら、まずは大きく深呼吸をして、感情を沈めましょう。


一事を経ざれば一知に長ぜず

「一事を経ざれば一知に長ぜず」これは中国の諺で、「何事も、一つの経験をして、はじめて一つの知恵が身につく」と言う意味です。

集団ストーカーやガスライティングに悩んでいる方達の多くは、幼い頃から勉学に励んでこられた方達だと思います。
今まで接してきた方達や、ネットで拝見する方達には教養の高さが感じられます。

しかし、その反面「経験」に関しては少ない様にも感じられるのです。
1日は24時間しかありません、勉強に多くの時間を割けば、経験に費やす時間が減るのは当然ですよね。

勉強で得られる知識と、経験で得られる知識、この二つの知識の最も大きな違いは「関係の結び付き」と「時間」なのです。

関係の結び付きにも二通りあります。
一つは知識同士の結び付き、もう一つは知識と感覚と感情の結び付きで、脳神経の結び付きでもあります。

勉強は、国語、算数、理科、社会とそれぞれの学科別に学び、一つの学科でも項目別に学びます。
しかし、学んだ時点ではそれぞれ単独の知識で、知識同士の結び付きを持っていません。
そして、勉強と言う形でAと言う知識とBと言う知識を結び付けると、実際には関係しているCと言う知識とは結び付きを持ちません。

経験で得る知識は、自ら経験する事でCと言う知識が関係している事を、自分の感覚で感じ取ります。
そして、Cだけでは無く、DやEと言う知識との関係にも気付きます。
それが、脳神経のネットワークとして物理的な繋がりを持ち、そこから感情が生まれます。

経験の伴わない知識では、知識同士のネットワークが限定されてしまうので、限られたネットワークだけを使って答えを導いてしまいまい、その答えによって感情は変化します。

次に時間ですが、時間にも二通りあります。
一つは、勉強で得る知識は一つの事を覚えるのに然程時間はかかりませんが、経験で得る知識は時間がかかります。
もう一つの時間とは、時系列です。

勉強で得る知識には、知識的時系列はあっても、感覚的時系列がありません。
過去を勉強で学べば、過去にどんな事が起きていたかを知る事が出来ます。
しかし、感覚的時系列がないと、現在の感覚で過去を考えてしまうのです。
過去と現在では環境や情勢が全く異なり、現在の感覚を過去に当てはめて考えると正しい答えは出ず、その答えによって感情も左右されます。

知らないと言う事

どんなに勉強してきても、学ばなかった知識は持っていません。
また、世の理を全て知ることなど誰にも出来ません。

どれだけ一分野に秀でていても、知らない分野では全くの素人です。
また専門家とは基礎から学び、基礎知識を基にして高度な知識があるのです。
素人が、専門的な知識を得ようとする時、基礎知識は学ばず、高度な知識だけを求めます。

それでは、どんなに高度な知識を身に付けようとも素人であり、単なる物知りでしかありません。

そして「知らないと言う事」は人間にとって一番の恐怖なのです。
人間は、知らない事に恐れを抱き、理解出来ない事に恐怖を覚えるのです。

幽霊とかお化けとか、そんな物が頻繁に現れて頻繁に楽しく会話していれば、誰も幽霊やお化けを怖がりません。


例えばこのYouTubeの映像←クリック

この映像は単なるTVアンテナの端子と蛍光灯の安定器そしてリチウムイオン電池。

この映像をUPした人は、TVアンテナ端子の何を不思議がっているのか今一つ分かりませんが、もし円筒状の物であればそれはフェライトです。

フェライトはノイズを低減させる為に使われている物で、TVの電波信号を向上させる為の物です。

蛍光灯に関しても、何を不思議がっているのかは不明ですが、写っているのはグローランプと安定器と蛍光管、そしてスイッチボックスと配線しかありません。
蛍光灯に関しては後述する事にして、リチウムイオン電池に話しを移しましょう。

このリチウムイオン電池に関しても、何が知りたいのか不明ですが「はがさないでください」と言う注意書きを写している所からすると、そこに疑問を抱いているのかもしれません。

「何故剥がしてはいけないのだろう、そこには見られてはいけない物が入っているのでは」と考えているのかもしれません。
しかし、分解しても炭素材と金属と電解液しか入っていません。
注意書きは、危険防止の為の物です。
リチウムイオン電池は使い方を誤ると発火や破裂したりしますし、分解すれば酸性物質が出て危険なのです。

ちなみに、膨らんだリチウムイオン電池を持ってきて「この中に盗聴器が仕込まれている」と言って来た人もいました。
その人の言い分では、電池の中に盗聴器を入れられたから膨らんでいて、盗聴器として使われているから電池がすぐ切れると言う物でした。

しかし、リチウムイオン電池は劣化すると膨らむ性質を持っています。
そして劣化して寿命を迎えているからすぐ切れるのです。

また、電池内に電子が移動しているので、そんな中に電子回路を入れても動きません。

(写真をクリックすると大きな写真が見れます)



もう一つ同じ人が投稿した動画です。←クリック

この映像から読み取れる事は、まず「音」は古くなった安定器の音である事、映像の縞模様はフリッカー(ちらつき現象)である事、そしてフリッカーの出ていない蛍光灯の映像は恐らくインバータータイプの蛍光器具である事です。

ここで蛍光灯についての話に入りましょう。
この映像で、何故フリッカーの出ていない蛍光灯の映像が、インバータータイプと言えるのか?と言う所からご説明します。
それは、映像にフリッカーの縞模様が出ていないからなのです。

では、フリッカーの縞模様は何故写るのでしょうか?
家庭用電源は交流電気を使っています。
交流電気は西日本では60Hz東日本では50Hzになっています。
これは、60Hzは1秒間に60回+と-が反転し、50Hzでは50回+と-が反転しています。
その+と-が切り替わる時には、電気は流れていないのです。
単純考えれば、蛍光灯は60Hzでは1秒間に60回、50Hzでは明かりが消えているのです。
しかし、実際には蛍光灯は周波数の2倍の周期で点滅を繰り返しています。
60Hz地域では120回、50Hz地域では100回になります。

それを撮影した場合、1/120〜1/100秒よりも早いシャッタースピードで撮影すれば、点滅の瞬間を撮影してしまいまい、縞状に写り込みます。
動画と言えど、シャッタースピードはあり、カメラのシャッタースピードをオートにして、蛍光灯の様な明るい物を写せばシャッタースピードは自動的に速くなり縞模様が写る事になります。
インバーター照明は、電流の周波数を5万〜9万に上げているので縞模様が写らないのです。

こうした現象は、ブラウン管のTVモニターにもあります。
ブラウン管は、画面の上から走査線が下に走り画像を変えています。
その画像を書き換える回数をリフレッシュレートと言い、1秒間の書き換えの回数を表します。
80Hzであれば1秒間に80回画面が書き換えられる訳です。
ブラウン管のモニターを撮影する場合もシャッタースピードとの関係で、書き換えている最中の映像が写り、画面の半分だけ真っ黒に写ったりしますが、液晶モニターは走査線が無いので効した現象は起こりません。

話しをYouTubeの蛍光灯の映像に戻しましょう。
次は、蛍光灯の安定器から出る音についてです。
何故、古くなると安定器から音が出るのでしょうか?

安定器の構造は、薄い鉄板がパラフィンを挟んで何枚も重ね、周囲をエナメル線で巻いてあります。
古くなるとパラフィンが溶け出してしまいます。
すると、鉄板同士が接触しますよね。
さてここからが本題です。
鉄板の周囲をエナメル線が巻いてあると言う事は何かを思い出しませんか?
そう、電磁石と同じ構造ですよね。
でも、電磁石は音はしませんよね。
では何故安定器だと音が出るのでしょうか?
その秘密は、フリッカー現象で説明した交流電流にあるのです。

交流電流は+と-が入れ替わりますよね。
つまり、S極とN極も入れ替わるのです。
すると、引かれる方向が変わりますよね。
その時に、鉄板同士がこすれあって音が出るのです。

そして古くなった安定器から出る音の特徴は、点灯してから時間経過と共に音が大きくなる特徴があり、その様子も映像に写っていますので、間違いなく安定器の音でしょう。


知れなければ不思議に思える事も、正しい知識さえあれば不思議でも何でもありませんし、何も恐れる事はありません。

正しい知識を得ずに、想像だけで考えてしまう事が最も恐ろしい事なのです。

例題1

さて、突然ですが、ここまでの事を踏まえて、例題を出します。
これは、集団ストーカーやガスライティングにも関係した映像で、電磁波盗聴テンペストと言われる技術が番組で取り上げられた時の映像です。
さて、このテンペストと言う技術について、参考動画をご覧になり、最初は自分の持っている知識だけでテンペストとはどういう物なのか考えてみて下さい。

テンペスト参考動画←クリック

ここでは、この技術に関して否定も肯定もしません、ここまで書いて来た内容に沿って情報を提供しますので、答えはご自分で出して下さい。


まずは参考動画をご覧になられましたか?


では、ここで情報を提供します。
時系列な情報と一般的に知られていない知識です。

テンペストが開発された時代→クリック
補足事項
テンペストが開発されたのは1960年代、使われていたのは1970年代

その後の時代背景→クリック
補足事項
リンク先の動画で言う「妨害電波」を受信して利用するのがテンペストの技術
VCCI規格が出来る前のデジタル家電は、FAXを受信するだけでテレビが乱れるほどの電磁波を出しており、デジタル家電が普及すると一般家電が使えなくなるとの懸念から生まれたのがVCCI自主規制規格。
リンク先は財団法人VCCI協会の動画

インターネットの普及率→クリック
補足事項
テンペストが正式に公開されたのは2001年

これらの情報を基に、論理的にもう一度考えてみてください。


では、別の視点を示しましょう。

テンペスト参考動画のテレビ番組では「電磁波には壁を通り抜ける性質がある」とナレーションが入っています。
多くの人はそれを信じてしまうでしょう。

これは専門知識ではなく「基礎知識」の部分なのです。

基礎知識と言っても、高校の物理で習っている程度の基礎知識です。
普通科の高校へ通っていたのなら、物理で「光も電波も電磁波」であると習っているはずです。

光が通過する物は電波も通過し、光が通過しない物は電波も通過しないのです。
壁は光を通しませんよね。
つまり、このナレーション自体が間違っているのです。
「光も電波も電磁波」と習っているはずなのに、光と電波と電磁波は別々の物と感じて、電磁波と言われると、なにやら特別な物に思えてしまう。
それが感情的理解です。


「光も電波も電磁波」「光が通れない物は電磁波も通れない」と言う電波の知識を知った上で、もう一度映像を見てください。

実験している時に窓を狙っていますし、窓が開いていますよね。
ガラスは光を通すと言っても、減衰はします。

つまり、VCCI規格のパソコンから出る電磁波は微弱な電波である為、ガラスを通過する時の微々たる減衰すら影響してしまい、その為に窓が開けられているのです。
また、壁をすり抜ける性質を持っていると言うのなら、窓を狙う必要はありません。
後半の映像も、対象のパソコンと受信している所との間には、何の障害物もありませんよね。

映像から読み取れる事は、対象のパソコンと受信の間には、ガラス一枚の障害物も無い環境で、水平位置で実験は行われていると言う事です。

まずは自分で実験してみる事です。

一つ誰にでも出来る簡単な電波遮断の実験を紹介します。
必要な物は、携帯電話ともう一台の電話機、もう一台の電話機は携帯電話でも固定電話でも公衆電話でも構いません。
そして50センチ程度のアルミホイルがあれば出来ます。

注意点は、アルミホイルに穴が開いていない事。
穴が開いていると実験は失敗しますし、包み方が悪いと失敗します。

方法は簡単、自分の携帯電話をアルミホイルで包んで、自分の携帯電話に電話するだけ。
電話をすれば圏外になっています。

とりあえず、実験映像を例にご説明します。

実験映像1←クリック

「光が通る物、通らない物」
まずはここからですが、蛍光灯に紙をかざして撮影すると、紙が光を通している事が分かります。
次に、蛍光灯にアルミホイルをかざして撮影すると、画像は暗くなり、アルミホイルは光を通していない事が分かります。

また、分厚い紙の代表がダンボールです。
ダンボールは光を通していないように見えますが、紙は薄ければ光を通してしまいますよね。
ダンボールは光を通す物を重ねているだけなので、光を遮っている様でも電波は通過します。
しかし、アルミホイルは薄くても光を通しません。
だから、電波も通過しないのです。

光を通さないアルミホイルで包んだ携帯電話に電話をして圏外になっていると言う事で、アルミホイルは電波も通さない事が分かります。

さて、ここで包み方が悪いとなぜ失敗するのでしょうか?
「波」の性質には「反射」がありますよね。
これも、学校で習った事です。
アルミホイルで包んだ時、針一本の空間でも折れ曲がりながらでも繋がっていれば、その空間を反射しながら電波は届いてしまうのです。

この原理は、携帯電話がビルの中でも通じたり、逆に圏外になる原理と同じなのです。
携帯電話の電波は窓から入り、反射を繰り返しながら奥に届いているのです。
また、窓から入ってくる携帯電話の電波が、弱かったり遮断されて奥まで届かなかったり、死角になっている所では圏外になります。

では、別の実験でその事を確認してみましょう。

実験映像2←クリック
これは、ワイヤレスカメラの映像電波を使った実験です。
わずか1M程度しか離れていなくても、ドアを閉めれば受信出来なくなります。

この事からも、電波は壁抜け出来ない事がわかります。

実験映像3←クリック
これもワイヤレスカメラの映像電波を使った実験です。
同じ室内の2M程度しか離れていなくても、柱の影では受信出来なくなります。
何故、障害物も無い同じ部屋の中で、2Mしか離れていない柱の影では受信出来なくなるのでしょうか?

それが、電波の性質なのです。

まず光に関してですが、一言で光と言っても違います。
その典型的な違いの一つに、太陽の光と電球の光の違いがります。
厚紙に穴を開けて太陽の光を通すと、広がらずに真っ直ぐ進みます。
しかし、電球の光は広がりながら進みます。
これは小学校で習った実験です。

その違いは、直進性と回折の違いです。
同じ光でも、直進性を持ち広がらずに進む光と、広がりながら進む光があります。

それは電波も同じなのです。
電波(電波も光も電磁波)は周波数が高くなると直進性が強まり、周波数が低くなると回折の性質が強くなります。
これも、高校の時に「波の性質」で習いましたよね。

また、電波に情報を乗せて送る場合、電波に乗せられる情報は周期に比例します。
つまり、低い周波数に乗せられる情報量は少なく、多くの情報を電波に乗せるには高い周波数を使う必要があるのです。
それは盗聴と盗撮の違いでもあるのです。
盗聴は音声情報だけで然程情報量はありませんが、映像信号は多くの情報量を持っています。
その為、映像信号(盗撮)には高い周波数が必要なのです。

高い周波数の性質は直進性です。
映像信号を電波で送るには、高周波を使う必要があり、高周波は直進性が強く、回折の性質を持たない為、柱の影では受信出来ないのです。

そしてもう一つ、大きな影響を与える物が「出力」です。
使用しているワイヤレスカメラは、市販の物で特定小電力機器の枠内の物で、電波到達距離が直線見通し(何も障害物が無い状態)で30Mあります。

実験を行った何も障害物の無い部屋なら、電波の性質の「反射」で、壁を反射した電波が届きそうな物ですよね。
しかし、実際には受信出来ません。

単純に考えれば、奥行きが10Mも無い空間なら往復しても20Mなので、届きそうに思えますよね。

では、少し光の反射に目を移してみましょう。
光は白い物や鏡など光沢のある物に反射しますよね。
しかし、白い物に光が反射すると言っても、鏡ほど光を反射しませんよね。
反射と言っても100%反射する訳ではなく、反射する度に減衰するのです。
それは、鏡でも同じで鏡による反射も100%反射している訳ではないのです。

また少し視点を変えて、光がガラスを通過する事に目を向けてみましょう。
ガラスは光を通すと言っても、自分の姿が映ったりしますよね。
つまり、ガラスは光を通しますが反射もしている訳です。

光がガラスを通過する時には、少なくとも反射した光の分だけ減衰するのです。
それは、電波も同じなのです。

それが、テンペスト参考動画で窓を開けて実験していた理由です。


ここに書いた原理は、皆さんも知っていた知識だと思います。
しかし、テンペスト参考動画を見た時には、その知識が思い浮かばない。
それが知識が結び付いていないと言う事なのです。

知識の結び付きには「核」となる物が必要です。
その「核」となる物が「経験」なのです。
実験すると言う事は、経験であり知識を結び付ける「核」を作ると言う事なのです。


さて、こうした原理を知らなかったら、どのように考えるのでしょう?

「窓やドアを閉め切った部屋でも、携帯電話は繋がる」
そうした現象を頻繁に経験していたら、電波は壁を通り抜けて入って来ると感じてしまいますよね。
締め切った部屋でも携帯電話が通じていれば、電波が反射を繰り返して入って来るなんて思えないですよね。
それが「感覚・感情で作られた原理」なのです。

どれだけ部屋を閉め切ってもドアの隙間や窓の隙間はありますし、完全密閉した空間にいたら酸欠になってしまいますよね。
空気が入って来ると言う事は、電波が通り抜ける空間もあると言う事でもあるのです。


こうして知識に結び付きを持ってテンペスト参考映像を見直すと、最初に見た時と受ける印象が変わっていると思います。


さてここで、実験映像2と3を原理を知らずに「感覚・感情で作られた原理」で見た場合、どのように考えるのでしょう。

「そんな近くで受信出来ないのはおかしい」
「何か操作しているに決まっている」
「特殊な方法を使えば出来るはずだ」
「そんな物はデタラメだ、信用するな」
など等色々な意見が飛び出す事でしょう。

「受信出来ないのはおかしい」「操作しているに決まっている」「デタラメ」と言う人に反論しても無駄な事です。
経験しない者に経験で得た話しをしても、知識と経験が結び付いていない相手は納得する事は出来ません。
しかし、自分で経験すれば分かります。

では「特殊な方法」とは?どんな方法があるのでしょう?
「感覚・感情的な原理」の人は、特殊と言うだけで原理を説明できませんよね。

実は特殊な方法なんて必要ないのです。
一番簡単な方法は、出力を上げれば、電波到達距離が伸びて、反射を繰り返して電波が届きます。
もう一つは、リピーターつまり、中継すれば良いのです。

そんな事は、特殊でも何でもありませんよね。
出力と反射で届かせる方法は携帯電話の原理ですし、中継して電波を届けるのはテレビで使われていますよね。



最後に、私の経験から得られた知識。
これは、人に話しても、誰もそれを確認する事が出来ない私だけの判断材料です。

テンペスト参考映像の最初の番組は、「特命リサーチ」と言う番組の物です。
私はその番組の製作スタッフから電話取材を受けた事があります。
その時のスタッフの話です

「なんかこう、とんでもない盗撮って無いですかね〜、物干し竿の先にカメラを仕込んで隣を監視するとか、腕時計にカメラを仕込んでその人の行動を監視するとか・・」

その時の感じは、自分達の作りたい番組に利用出来るパーツ探しの印象を持ちました。
テンペストの参考映像でも、インタビューや実験映像とイメージをつなぎ合せて作られていますよね。

例題2

さて、例題1で言わんとする所がわかりましたでしょうか?

まずは、知識と知識には結び付きが大切である事。
知識を持っていても、現実の経験と結び付いていないと、知識は使われない事。
その結び付き次第で感情が変化する事。
知識の結び付きが無ければ、感情が原理になってしまう事。
判断は自ら経験する事。

では、例題1を踏まえた上で、例題2に進みましょう。
これも、ビデオ画像を使った問題です。
問題は簡単、この参考映像の真偽を具体的理由を持って説明してみましょう。

盗聴特集番組の参考映像←クリック
(音質がシャキシャキなのでボリュームを落とす事をお勧めします)

この番組のある部分をじっくり見れば誰でも分かります。
問題は、そこに気付けるか?なのです。




これも、自分で経験した事がある人ならば、「あれ?」と直ぐに違和感に気付きますが、何の経験も持たない人は違和感すら感じないかもしれません。


では、この問題を感情的原理と基礎知識の両面から見て行きましょう。


感情的原理
ニュースリアルタイムと言うニュース番組で放映されているのだから事実だろう。
警察まで呼んでいるから事実だろう。
空き巣に入られた事があるから私も心配。
盗聴はこんなにされているんだ。
もしくは、警察やTV局は信じられないから嘘だろうと言う人もいるかもしれません。

しかし、具体的な理由が見つからないから明確な判断を憂慮してしまうでしょう。


基礎知識を用いた説明
説明をする前に、ハウリングに付いての説明をしておきましょう。
そして、ハウリングに対する知識を付けた上で、もう一度映像を見直してみましょう。

ハウリングとは、スピーカーとマイクを向き合わせる事で発生する。
マイクが拾った音がスピーカーから出て、スピーカーから出た音をまたマイクが拾い、電気増幅された音がスピーカーから出る、その増幅された音をマイクが拾い、更に電気増幅されてスピーカーから出る。
これが無限ループ化する事で発生する。

マイクは電源が供給されなければ動かない。


さて、ここまでの原理を理解した上で、もう一度映像を見てみましょう。
何か気付いた事はありませんか?

知識が結び付いていない人にはまだ難しいでしょう。

では、場所を限定します。
決定的な違和感は、犬のいる部屋で盗聴器を見つけたシーンに有ります。

分からなければ、その部分を何度もリピートしてみて見ましょう。

それでも分からなかった人は、私のハウリングの説明の引っ掛けに引っ掛かってしまった人です。
この映像の違和感を見破るのに必要な部分は、ハウリングの説明の最後の一行だけ。
「電源が供給されていなければ動かない」と言う部分だけなのです。
その事を踏まえて、もう一度映像を見てみましょう。

何か気付きませんか?

ここで気付いた人は、今「映像を見る」と言う経験と、知識が結び付いた人です。

それでも分からない人には、最大のヒントを差し上げますので、そのヒントを基にもう一度見直してみましょう。

テーブルタップ型の盗聴器が仕掛けてあった。
テーブルタップ型の盗聴器はコンセントに差して電源が供給される。


このヒントを基に、映像をもう一度見てみましょう。

コンセントからテーブルタップが抜かれているのに、ハウリングを起こしている事に気付きましたか?

それはあり得ない事なのです。

電源の供給が止まっているのにハウリングを起こしていると言う事は?
少なくとも「これです」と言って見つけた盗聴器に反応している訳ではないのです。

これが、経験に結び付いた知識です。
自分で盗聴器とレシーバーを使って実際に経験していれば、あり得ない事をあり得ないと言い切ることが出来ますが、自分で経験していなければ、あり得ない事でも「可能性」と言う言葉を否定する事が出来ません。
つまり、可能性とは迷いでもあり、可能性と言う迷いの為に、決断や決定が出来なくなってしまうのです。
それが、経験による知識の重要性なのです。


結論を急ぐ前に言動も見てみましょう。
「これ、あまり日本では流通していない盗聴器なんですよね」
と言う発言があります。

この発言に盗聴器の知識があれば、違和感を覚えます。
なぜならば、この盗聴器にはCとAと言ったシールが張ってあります。
これは盗聴器の周波数を表す物で、それは日本の規格なのです。
つまり、その盗聴器は日本国内用の物であり、日本ではあまり流通していない盗聴器と言う発言は、現実的な話では無いのです。

さらに言えば「中国人窃盗案に出くわした人」と言っていますが、捕まった窃盗団とは言っていませんよね。
捕まってもいない窃盗団を、何故中国人窃盗団と断定できるのでしょう?


こんな所にも違和感があります。
ビデオに出ている被害者のお宅ですが、空き巣に盗られた金額は四万円ほど、盗聴器は一台3〜4万円、二台付けて行けば大赤字ですよね。

そうした事を踏まえた上で、真偽の是非は、ご自分で判断をして下さい。

例題3

この例題の趣旨はご理解いただけましたでしょうか?
この例題の趣旨は、知識の結び付きや、経験の重要性を身を持って知る事なのです。
それともう一つ、答えは自ら決断して出す事です。

それを踏まえた上で例題3に入ります。
問題は、参考ビデオに出演している人はプロかアマか?

盗聴特集番組の参考映像2←クリック

ヒントは、例題2で説明したハウリングの原理です。



さて、例題3ではかなりの人が一つのヒントだけで、この人がプロかアマかを確信は持てないまでも感じ取れる様になっているはずです。

なぜならば、例題2で一度経験しているからです。
例題2を経験していなければ、例題3の人がプロかアマか判断できないでしょう。

但し、判断出来たとしても、その判断に自信が持てないと思います。
それが、経験の量なのです。
自信と経験の関係は、統計的確立なのです。

例題2で経験したからと言って、その経験は1度だけの物です。
統計的確率を持って、自分の出した答えに自信を持つには、経験が少なすぎるのです。


一つのヒントで分からなかった人の為に、もう一つヒントを出しましょう。
「レシーバーのスピーカーは操作面に付いている」

最初のヒントで分からなかった人は、このヒントでもう一度映像を見てみましょう。

何か不思議な行動をしていませんか?
不思議と感じられれば、知識が結び付きを持ち始めた証拠です。

それでも分からない人の為に、ダメ押しのヒントを出しましょう。
「アンテナにはスピーカーは付いていません」


答えは、自分で出して下さい。

参考までにアンテナとハウリングの関係とスピーカーとマイク(盗聴器)の関係の実験映像をUPしておきます。

ハウリングの実験映像←クリック

ポイントは、アンテナを近付けてもハウリングに変化がない事。
スピーカーを盗聴器に向けた時だけハウリングを起こす事。
アンテナを外しても、上記二つの現象は変わらない事。
そして、アンテナを外してもレベルゲージは最大になっている事で、ショートレンジではレベルゲージは使えない事を意味している事。

3つの例題の総合的な趣旨

ここまでの3つの例題は、テレビ番組や、テレビで流されたニュース映像を使っています。
そこに、この例題の総合的な趣旨があります。

「定説や通説」などの一般的な基礎知識の大半は、こうしたテレビ番組を基にして作られているのです。

そのテレビ番組の情報が間違っていたら、その情報を基にして作られた定説や通説も間違っていると言う事なのです。

そのテレビ番組の映像を使って、原理を説明した上で是非を問い、自ら答えに気付く事が、この3つの例題の趣旨なのです。
それと同時に、映像とは言えこれも経験。

原理を知った上で映像で確認する経験は、文章だけの説明より遥かに勝ります。

答えの正否などより、擬似体験する事が大切なのです。

やってみなくちゃ分からない(盗聴・盗撮編)

盗聴には様々な定説があります。
その定説は、様々な盗聴発見業者も使っています。

盗聴発見業者も使っている定説は本当に正しいのでしょうか?

さあこれも実験で確かめてみましょう。
まずはオーソドックスな盗聴の定説を実験してみましょう。

「電話盗聴されていると、雑音が出る」

まずは、何故電話盗聴されていると雑音が出るのか?
その理論の説明から始めましょう。

まず、電話線の中にはL1とL2と言う2本の線があります。
電話盗聴はL1かL2のどちらかに、下の図1の様に配線します。

私が受けた説明では、L1かL2のどちらか一方の被覆を2ヶ所剥がし、そこにワニグリップを挟む。
被覆を剥がすだけなら、回収した時に復旧も容易でこの方法が使われる。
と習いました。
そして、雑音が出る理由は、この配線をすると、電流が2分される為に、電圧低下が起こり、その為に音が小さくなったり雑音が出たりする。

図1


そして、雑音が出ないようにするには、下の図2のようにワニグリップの間の線をカットする。
すると雑音は出なくなるが、設置者は配線を復旧させるのが困難になる為、滅多に使われない。
そして、偽装品の電話盗聴器は全てこの配線になっている。

図2


確かに、実に理論的説明で納得していました。

しかし、実際に実験してみると、その理論には大きな落とし穴が有る事が分かりました。
これが、実際の実験映像です。

実験映像4←クリック

説明しないと何が起きているのか分からないでしょう。
最初は、図1の配線にして電話をかけてみると、レシーバーから電話の音声は何も聞こえません。

そして、図2の様にワニグリップとの間を切断すると、レシーバーから電話の音声が聞こえ出しました。

さてこれはどう言う事なのでしょうか?

答えは図1の説明の中に有ります。
雑音の原因と教えられていた「電圧低下」が原因なのです。

電圧低下する事で、盗聴器に供給される電圧も低下され、電力不足で盗聴器が作動していないのです。

つまり、雑音が出る配線にすると、盗聴器も作動しないと言う事です。
そして偽装品の電話盗聴器は、元々雑音が出ない配線になっているので雑音は出ません。
こうして見ると、盗聴されていると雑音が出るという定説は正しくないですよね。

何事も、やってみなくては分からないと言う事です。


次は、テレビで良く聞く「盗撮カメラは1ミリの穴があれば映せる」を検証してみましょう。

ピンホールカメラのレンズ径はおよそ0.8ミリ、計算上は1ミリの穴があれば問題ありませんよね。

室内の壁に埋め込んだ事を想定して実際に写した写真があります。
それがこれ。
4oの板に1oの穴を開けてピンホールカメラで撮影した映像です。


さて、どうしてこんな映像になってしまうのでしょうか?

1ミリの穴と言うのは、設置する場所の穴の径と、レンズの径の関係で、壁などには必ず厚みがありますよね。
1ミリの穴と言う話には、物の厚みが抜け落ちているのです。
一般的な部屋の壁は3.8ミリ程度のベニヤに壁紙が貼ってあり、4ミリ程度の厚みがあります。
天井に至っては、7ミリ〜8ミリの厚みがあるのです。
ちなみにマンションの室内の壁に使われているプラスターボードは9.5mmあります。

そして、カメラには必ず「写角」があります。
「写角」と、壁の厚みの関係を図で表すとこうなります。

図3


壁の厚みが4ミリ、穴の径が1ミリとすると、4:1の比率になります。
それをトンネルに置き換えて考えて見ましょう。
出入り口が4メートルの高さのトンネルですと、16メートル奥から出口を見ているのと同じ関係になります。

その風景は、4ミリの板に1ミリの穴で写した写真と同じですよね。

では、2ミリの穴ではどれ位写るのでしょうか?
それがこの写真です。



映し出せる範囲が、前の写真の倍にはなりますが、これでは役に立ちませんよね。
綺麗に写そうとすると、厚みと同じ径の穴が必要になるのです。

つまり、ピンホールカメラを壁に仕込もうと思えば4ミリの穴、天井に仕込もうと思えば7〜8ミリの穴が必要になるのです。

そんな穴が開いていたら、一目で分かりますよね。

では、マンションの壁に実際に使われているプラスターボードでも実験してみましょう。
マンションの建築現場から実際に使われていたプラスターボードの断片を頂いて来ました。
(写真をクリックすると大きな写真がご覧いただけます)




このプラスターボードに1mmと4.5mmの穴を開けます。



被写体はこれ。



まずこの被写体を、1mmの穴を使って写してみます。



「写角」の影響が大きく、映像は白っぽく写っているだけで、穴の中に何が写っているか解りませんよね。
この現象については後ほどご説明します。

では、4.5mmの穴ではどう写るでしょう。
それがこれです。



かなり見える様にはなりましたが、4.5mmでも「写角」の影響を受けていますし、映像も白っぽく写っています。

さて、この白っぽく写る現象ですが、携帯電話のカメラでも同じ事が起きます。
携帯電話のカメラで液晶画面に映像が映し出されている時、急に明るくなったり暗くなったりした経験はありませんか?

それと同じ現象で、十分な光が無ければ補正して明るく映し出してしまうのです。
つまり、プラスターボードの穴の中はトンネルと同じで暗い為に、イメージセンサーが増幅補正してしまい、逆光状態になっているのです。

こうした「写角」や、イメージセンサーの補正、そして例題1に書いた電波の特性から、壁の中や天井に盗撮カメラを仕掛けて観る事は現実的に無理なのです。

更に、マンション建設中には建設会社やデベロッパー等の品質検査が何度もあり、そんな穴が開いていたら品質検査で引っかかってしまいます。

ここで少し建設の工程の話をしましょう。
マンションにしろ一戸建ての住宅にしろ、工程毎に専門業者が請け負います。
例えば、プラスターボードを貼る業者がカメラ設置したとしても、プラスターボードの上には別の業者が壁紙を貼ります。
つまり、プラスターボードを貼る業者が仕掛けても、壁紙を貼った時点で使い物にならなくなってしまうのです。

つまり、壁や天井に盗撮カメラを仕掛ける事は無理なのです。


やってみなくちゃわからない(超音波・超低周波)

何事も実験して確認!その一つ一つが経験です。
そして、知らない事や分からない事を少なくしましょう。

さて、集団ストーカーやガスライティングの被害を訴える人には、超音波や超低周波で攻撃されていると言う人もいます。

それならば、調べてしまいましょう。
調べると言っても、別に難しいことは必要ありません。

超音波も、超低周波も音です。
音は見えませんよね。
それならば、音を見える様にしてしまえば良いのです。

音を見る?
何やら難しそう?
そんな事はありません。

ろうそく1本あれば、音は見えます。
但し、これにも基礎知識が重要です。
まずはその基礎知識から覚えましょう。
基礎知識と言っても小難しい話は抜きにして、一番の基礎だけ覚えましょう。

重要なのは、周波数ではなくて音量と言う事です。

確かに、超低周波騒音被害は人体に影響を与えます。
しかし、人体に影響を与えるのは、周波数(hz)ではなく音量(db)の問題なのです。

通常の可聴音でも、大きな音は騒音被害になり、騒音規制法の基準もデシベル(db)ですよね。

集団ストーカーやガスライティングの被害を主張する人は、低周波や高周波などの周波数(hz)の事しか口にしないから信憑性が無いのです。
周波数ではなく、デシベル(db)で主張するなら話も違ってきますよね。
なぜなら、人体に影響が出るのは周波数ではなくて音量で、その音量に関しては騒音規制法と言う法律まであるのですからね。

さて実験方法ですが、ろうそくに火を灯して見ているだけ。
人体に影響するような音圧があれば炎の形が変わります。
但し、ドアや窓は閉めて換気扇やエアコンも止めて、空気が動かない状態にする事が条件です。

音の視覚化←クリック

こんな方法ではワカンネーと言う人には、ちょっと高度にスペアナを使って見ましょう。
別に特別な機材を買う必要はありません。
手持ちのパソコンに、無料のソフトを入れて計測すればいいのです。
WaveSpectra←無料ソフト

これを使えば一目瞭然、低周波から超音波まで計測できます。
サウンドカードにマイクを差し込んで直接測定するか、一旦WAVEファイルで録音してから検証するかで簡単に測定できます。

WAVEファイルが使えないのなら他にも無料ソフトはあります。
他のソフト←クリック

周波数(hz)と音量(db)が表示されれば何でもOK!
しかし、出来るだけWAVEでの検証がお勧めです。
理由は、ファイルが圧縮されていないから。

但し、超低周波や超音波など何処にでもあります。
フォークとナイフをカチカチやっても超音波は出ますし、風呂の水を流す時のゴボゴボ言う音にも超低周波は含まれています。
測定して超音波や超低周波が計測されるのは当たり前、問題は出力(音の大きさ)が低ければ何の問題もありませんし、超音波や超低周波の領域で高い出力が検出されたら被害を主張すれば良いだけです。

ちなみに、実際の超低周波被害の映像があります。
超低周波被害←クリック
この映像の中にも測定方法の情報が入っています。

音と言えば、音響兵器と言う得体の知れない物がありますね。
これも想像では無く、現物のビデオを見てみましょう。
LRAD
一つ言える事は、特定の人にしか聞こえないと言った類の物でない事だけは確かですね。


超音波を心配されている方の為に、超音波音源(WAVファイル)を用意しました。
この音源で、WaveSpectraを使って超音波の調べ方を試してみてください。
このソフトを使用すると、音は聞こえなくとも超音波が波形で表示されます。

方法は、まずリンク先のHPからWaveSpectraをダウンロードしてインストールします。
インストールすると、「WS140」と言うフォルダが作られますので、その中のWS.EXEをダブルクリックして起動します。

また、超音波音源のダウンロードは、超音波音源(WAVファイル) ←にカーソルを合わせて右クリックして「対象をファイルに保存」をクリックするとダウンロードできます。


WaveSpectraの左上にあるボタンをクリックしてダウンロードした音源ファイルを指定してプレイボタンを押せば、グラフ表示されながら再生が開始されます。

設定に関してですが、右端にある設定ボタンをクリックしてWAVEを選択して「レベルメーターを表示する」にチェックを入れて「設定」ボタンをクリックしてレベルを表示させてください。
次に、spect rumを選択して「縦軸」の所にある「リニア」にチェックを入れます。
そして、低周波を調べる場合は「横軸」の「Log」にチェックを入れ、超音波を調べる時には「リニア」にチェックを入れます。

超音波を音として聞く方法もあります。
それは、速度可変式プレーヤーを使い、再生速度を落とせば超音波を音として聞くことが出来ます。

実際に部屋に超音波があるかを調べる場合、高音質録音のデジタルボイスレコーダーで部屋の音を録音して、WaveSpectraで調べれば一目瞭然。

リンク先のデジタルボイスレコーダーは、WAV録音が可能ですが、MP3録音の場合やビデオファイルの場合は、ファイル変換ソフトを使ってWAVファイルに変換すれば使えます。

WaveSpectraは、超低周波のチェックにも使えます。
超低周波被害の映像をwaveファイルに変換してありますので、これで試してみればどう言う反応が出るのか確認できます。
超低周波の部分だけ編集したファイル


これらのソフトを使って、YouTubeにUPされている「超低周波攻撃」の映像を検証してみましょう。

(1)http://www.youtube.com/watch?v=iX4vk28kLDY
(2)http://www.youtube.com/watch?v=HGa0IxDXxxQ&feature=related
(3)http://www.youtube.com/watch?v=PEPTVLN0oMo

これらの低周波で攻撃されていると言う動画をRealPlayerで一旦PCにダウンロードし、そのファイルをでwaveファイルに変換します。
その変換したファイルをWaveSpectraで再生すれば、本当に超低周波が存在しているか一目瞭然です。

大切な事は、検証もせず信じる前に自分で確かめる事です。
一応、変換ファイルもUPしておきますが、自分で検証する事が大切です。
(1)の変換ファイル (2)の変換ファイル (3)の変換ファイル 

やってみなくちゃわからない(その他)

GPSを使われて先回りされているとご心配されている方の為に、GPSも実験して調べてしまいましょう。

これも、GPS付の携帯電話を持っていれば、特別な装置など不要で誰にでも出来ます。

GPSの実験は、すでに専用ページがあるので、リンク先を参照して下さい。
GPS(位置情報システム)←クリック

また、こちらも参照してみて下さい。
GPSにまつわる誤解←クリック

重要な事は、GPSには通信機能は付いていません。
通信機能が無ければ、どこにも位置情報を送信できません。
通信機能が付いていて手軽に使える物は、携帯電話だけなのです。

GPSで一番間違えやすいのは、自分の携帯で自分の位置情報を表示させると、航跡がリアルタイムで表示されます。
しかしそれは電波を発信していないから出来る事なのです。
自分の携帯で現在位置を表示させる時、通信はしていませんよね。
その時は、GPSの信号を受信しているだけなのです。

では、リアルタイムで現在位置を送信しながら表示させたら、どんな事が起きるのでしょう?
位置情報を送り続けると言う事は、連続通話と同じ事です。
つまり、2〜3時間で電池切れになってしまいます。
その為、通信による位置情報は、通信した時点の位置情報が送られ、受信側は通信した時点の位置を「点」でしか知る事が出来ません。

そして通信や表示にはタイムラグがあります。
そのタイムラグの間にも対象者は移動していますよね。
つまり、相手が位置を知った時点で、すでにそこにはいないのです。

こうして、言葉を使って説明しても確信を持って理解する事など出来ませんよね。
ならば、確信を持って確認する方法をお教えしましょう。
但しお金はかかります。

同じキャリアのGPS携帯をもう一台自分名義で購入して、防犯機能の位置情報サービスの契約を結びます。
そして、位置情報契約を結んだ携帯を誰かに持ち歩いて貰って、実際に自分で試してみれば良いのです。

携帯電話の位置情報システムを使って、先回りが出来るかどうか、自分でやってみればわかる事です。
費用は、携帯代と月額1000円程度で、携帯は中古携帯を使えば安く済むでしょう。

ちなみに、探偵業者が使う位置情報も、ココセコムも基本は携帯電話です。

携帯電話を使わない位置情報システムには「カーロケーション」システムがあります。
これは、警察車両などに搭載されている位置情報システムです。
これは一般車両に取り付けられる物でもありませんし、カーロケ検知機能付きのレーダー探知機で反応します。

もし自分の車に、カーロケが付けられていたら?と、どうしても心配されるのであれば、こうしたカーロケ機能付きのレーダー探知機を付けていれば、付いているかを知る事が出来ます。
まあカーロケは一般車両に付けられる物ではなく、無駄になるのでお奨めしませんけどね。

調べ方は、山奥とか地下駐車場とか警察車両のいない場所で、一時間何も反応しなければ付いていません。
ちなみに、携帯電話利用のGPSは携帯電話ジャマーを使って携帯電話を圏外にすれば通信できませんよね。
つまり、携帯電話ジャマーを使えば妨害出来るのです。
これを使って駄目ならGPSは使われていないと言う事です。


レーザー盗聴器なる物に怯えている人もいます。
ではレーザー盗聴器とはどんな機械なのでしょう?
レーザー盗聴器に関しても、専門ページを作っていますのでそちらを参照して下さい。
レーザー盗聴器←クリック

簡単に説明すると、窓ガラスにレーザー光線を当てて帰って来たレーザーを受光して、反射して戻ってきたレーザーに含まれている音声情報を音声変換する物です。
その装置は、なんと800万円何かすごそう!
でもご安心、窓の外に「すだれ」を掛ければ、レーザーを反射しないので、それだけで盗聴出来ない、ちょっとお間抜けな盗聴器です。

まあ、室内に掛けるカーテンはあっても、窓の外に掛ける「すだれ」の文化を持たない外国ならではの盗聴器です。
反射して戻ってきたレーザーを音声変換する原理は「音の視覚化」の参考ビデオにあります。


ここまでは、自分で実験できる物でしたが、自分で実験出来ない物もありますよね。
自分で実験出来ない様な物は現物を知りましょう。


実験できない物の代表として「透視」があります。
では透視するにはどんな方法があるのでしょう?
集団ストーカーやガスライティング関係のブログで見かけたのが、サーモグラフィーを使って部屋の中にいても居場所を知られると言う物。。
では実際のサーモグラフィーの映像を見てみましょう。
サーモグラフィー←クリック

サーモグラフィーは表面温度しか見る事は出来ず、透視には使えませんよね。
理屈は、サーモグラフィーは表面温度しか測れないのです。

では、透視が出来る機械は無いのでしょうか?
ちゃんと、透視が出来る機械はあります。
それがこれ。
後方散乱式X線←クリック

これならば家の中を透視する事も可能でしょう。
しかし、こんな機械、設置場所はありませんよね。


次は、携帯電話の盗聴を検証してみましょう。
携帯電話は盗聴できるのか?
携帯電話が盗聴出来ると言う人もいれば、携帯電話が盗聴出来ないという人もいます。
はたして、どちらが本当なのでしょう?

これには少し携帯電話の歴史を知る必要があります。
日本の携帯電話は、2000年に完全デジタル化されています。
つまり、デジタル化される以前はアナログ電波が使用されていた訳で、アナログの頃の携帯電話は簡単に聞く事が出来たのです。

しかし、2000年に日本の携帯電話は完全デジタル化されました。
完全デジタル化された携帯電話は盗聴する事が出来ないのです。
さて、何故デジタル化されると盗聴が不可能になるのでしょうか?

それには、携帯電話のシステムと、デジタル電波と言う物がどの様なものかを知る必要があります。

まず、携帯電話の誤解を解消する事から始めましょう。
一番の誤解は、電話番号と言う端末毎に割り当てられた電話番号を、割り当てられた周波数と誤解している人が多い事です。

携帯電話には使用周波数帯はあっても、端末に割り当てられた固有の周波数はありません。
使用周波数帯の中で空いている周波数を使う仕組みになっています。

理由は、契約者の数だけチャンネルが無いのです。
チャンネルが契約者の数だけ無くても、契約者が全員同時に電話する事はありませんよね。
また、携帯電話は移動通信で、中継アンテナが切り替わる事によって、移動通信が可能になっています。
その中継アンテナで、今使っているチャンネルが、切り替わった中継アンテナで使用中だったら、切れてしまいますよね。
その為、空いているチャンネルに切り替わるのです。(ハンドオーバー
その切り替えは、電話会社が行うのではなく、携帯端末によって行われます。
実は、このハンドオーバーは、移動していなくても行われているのです。

つまり、誰が何時どの周波数を使用するか等誰にも分からないのです。
これだけでも、特定の人物の携帯電話の電波を受信する事など出来ませんよね。

更に携帯電話はデジタル通信です。
では、デジタル通信とはどの様なものか?それは理屈で説明するより、アナログ電波と携帯電話の測定で見た方が理解しやすいと思います。
携帯電話の伝送方法が、4位相と言っても何の事か分からないでしょう。

そこで、盗聴器のアナログ電波と、携帯電話のデジタル電波をデジタル受信可能な周波数カウンターを使用して測定した映像を用意しました。

測定実験映像←クリック

この映像の説明ですが、最初は盗聴器のアナログ電波を測定しています。
周波数カウンターは、399.030(Cch)を示し、その周波数は固定されています。
固定されていれば、受信する事も容易に出来ますよね。
これは、アナログ時代の携帯電話も同じ事で、アナログ時代の携帯電話は不特定な人の会話であればハンドオーバーされるまでは聞けたのです。

しかし、デジタル電波ではめまぐるしく周波数が変化しているのが分かります。
この周波数の変化は、ハンドオーバーではありません。
この周波数の変化が0と1を意味した信号なのです。
このめまぐるしく変化する電波を受信しても、電波がパルス状に出ているだけで音声に変換する事は出来ません。

携帯電話の盗聴が出来ると主張する人は、警察無線のデジタル無線が盗聴された事件を持ち出しますが、そもそも警察無線と携帯電話とは同じデジタルでも搬送方式が全く異なるのです。

搬送方式以外でも大きく異なる所があります。
それは、警察無線は周波数が決まっていますし、ハンドオーバーがありません。

つまり、携帯電話の盗聴に警察無線を持ち出す人は、似て非なる物を同一視しているに過ぎないのです。


さて、今度は映像の「倍率」について考えて見ましょう。
よく、遠距離から監視されていると言う相談を受けます。
小型で高性能・・・
ここにも色々と誤解が生まれています。
例えば、私の使っているデジタルビデオカメラは、光学ズーム16倍、デジタルズームは500倍までの性能を持っています。



デジタルズーム500倍と聞くと、さも凄いかの印象を受けますが、所詮は16倍でしかないのです。

デジタルズームとは、16倍で映した映像を引き伸ばしただけで、ズームをすればするほどぼやけてしまい、実際には然程使い物になりません。
実際の映像を用意いたしました。

光学16倍←クリック
デジタル40倍←クリック
デジタル500倍←クリック

もう500倍になるとさっぱり分かりませんよね。
ましてやカーテン越しに覗ける物でもありません。

実は、ズームや倍率はレンズの口径や焦点距離が大きく関係しているのです。
まず倍率はどの様にして求めるのでしょうか?
それは「倍率=対物レンズの焦点距離÷接眼レンズの焦点距離」で求められます。
つまり、対物レンズの焦点距離が長く、接眼レンズの焦点距離が短ければ倍率は高くなるのです。
そして、接眼レンズの焦点距離を短く固定し、対物レンズの焦点距離を変えてやればズームになります。
ズームレンズは、凸レンズの間に凹レンズを入れ、その凹レンズを移動させることにより焦点距離を変えます。
つまり、ズームには長さが必要なのです。

その時に「収差」と言う歪みが生じます。
その為、光学ズームでも、ズームアップすると画像がボケてしまうのです。

ここまでは、倍率のお話ですが、倍率を上げると画像が暗くなってしまいます。
それは「対物レンズの集光率に関係しているのです。

早い話が、大きなレンズは多くの光を集め、小さなレンズは少しの光しか集められない訳です。
つまり、明瞭に映し出すにはレンズの口径が必要になるのです。

天体望遠鏡等は大きいですよね。
単に、倍率を上げるだけであれば長い焦点距離の対物レンズと短い焦点距離の接眼レンズがあれば倍率は上がりますから、あんな巨大な口径は必用ありませんよね。
しかし、天体望遠鏡があれだけ巨大なのは、集光率を上げるためなのです。

その原理は、盗撮のピンホールカメラでも同じなのです。
ピンホールと言う極小のレンズには集光力はありません。

つまり、少しでも光量が少ないと写らなくなってしまうのです。
しかし、暗視カメラでは暗い所でも映りますよね。
それは、デジタルズームと同じように電気的に無理やり引き上げているだけなのです。
その為、暗視カメラの映像はザラザラした映像になってしまうのです。

そこで、小さなレンズでも綺麗な画像を得るために、光量を確保する方法として、赤外線投光が必要になる訳です。
赤外線を投光して、赤外線対応のカメラで映す訳です。

しかしこれには、赤外線ライトが必要になります。
赤外線ライトの光は目には見えませんが、簡単に見つける事が出来ます。

その方法は、携帯電話のカメラを通して見れば光って見えます。
赤外線実験映像←クリック

つまり、遠くから高解像度の映像を撮るには、焦点距離とレンズの口径の関係から、小型で高性能と言うのは無理、ピンホールカメラで寝ている所を映すと言う話にもかなり無理な所があり、赤外線投光は発見が容易なのです。

情報の非対称性

さて、ここまで書いて来た事には何の意味があると思いますか?
それは、情報の非対称性の是正です。

何か難しげな言葉なので、これにも参考映像を付けておきましょう。
参考映像←クリック

情報の非対称性とは、簡単に言えば情報の不均等の事です。

ハイテクな物が世に出る中、それがどんな物か、どんな原理なのかと言う情報があまりにも少ないのです。
そうした情報の少なさに対して、想像で書かれた情報は溢れています。

とりあえず、ここではそうした少ない情報を根拠を示して情報を提示しました。
判断するのはご自分です。

ここで提示した情報を、集団ストーカーやガスライティングの主張するのに使うのも、考えを変える材料にするのも自由です。

ここまで書いて来た目的は、情報の非対称性を是正した上で、再判断の機会を作る事です。
再判断の結果、やはり集団ストーカーやガスライティングは存在すると判断されるなら、それも良し、考えが揺らいだのなら、ここから先に進むも良し。

自分が信じたい物を信じれば良いだけの事です。
後は、自分が信じた責任は自分に帰するだけの事。



 

ガスライティング被害者への質問


ガスライティング被害者に質問があります。











貴方はガスライティングの加害者ですか?











恐らく、激しく否定されるでしょうね。
「自分が被害者」だと。




では質問を変えましょう。

貴方は屋外で咳きをした事はありませんか?
貴方が屋外で咳をした事があるのなら、貴方は誰かをアンカリングしていると言う事ですよね。
貴方が咳をしたら、近くにガスライティングに怯えている人がいたら、貴方は間違いなくその人に犯人と思われるのではではありませんか?





次の質問です。

貴方は誰かの前を横切ったりした事は一度もありませんか?
もし貴方が、ガスライティングに怯えている人の前を横切ったり、前を歩いていたりしたら、貴方はその人にコリジョンキャンペーンをしている事になりますよね。
貴方にその気が無くても、その人は間違いなく貴方の事を犯人と思うのではありませんか?





次の質問です。

貴方は生活音を立てた事はありませんか?、マンションならトイレで水を流したり、テレビを見たり、会話をして笑った事はありませんか?
貴方が生活音を立てたり、会話をして笑えば、近くにガスライティングに怯えている人がいたら、貴方はその人にノイズキャンペーンをしたと思われませんか?





貴方がどんなに「私は加害者じゃない」と言っても、その人は貴方を犯人と思い続けるでしょう。
それは貴方も同じですよね。
貴方も、犯人と思っている人を犯人と思い続けている訳ですから。
貴方が犯人と思っている人を警戒するように、貴方を犯人と思っている人も貴方を警戒するでしょう。

貴方が咳をした時に、近くにガスライティングに怯えている人がいても、貴方はその事に気付きすらません。
つまり、貴方の全く知らない所で、貴方を加害者だと思い込む人を作り出すのがガスライティングと言う考え方なのです。

つまり、ガスライティングと言う概念には、加害者しか存在しないのです。
ガスライティングを主張する限り、貴方も誰かの加害者でしかないのです。

ガスライティングを信じ、ガスライティングを主張し続けると言う事は、貴方の知らない所で、貴方を加害者と思い込み、貴方を警戒(監視)する人を、貴方が作り続けていると言う事に気付きませんか?

ガスライティングを信じている限り、永久にガスライティングからは抜けられないのです。


貴方は「探して」いませんか?
集団ストーカーやガスライティングとは「噂」の原理なのです。

例えば、「あの人は怪しい」と言う噂を聞けば、その人の怪しいと思う所だけを探そうとしてしまいます。
そして、怪しいと思う所を見付けて「噂は本当だった」と思い込んでしまいます。

その「怪しい」とは何でしょうか?

「怪しい」とは「自分が知らない事」なのです。
自分が知らない事等山ほどあります。

原理や理論も知らなければ怪しいと思います。
人の考えや行動もその人なりの事情があって行動したり考えたりしています。

他人の事情などコミュニケーションを取っていなければ分かるはずもありません。

その他人の事情を自分勝手に考えてしまえば、全てが怪しい行動にしか見えません。


集団ストーカーやガスライティングの主張とは、その人に欠けている物の主張でもあるのです。

他人の行動が怪しく見えてしまうのは、他人とのコミュニケーションが少なく、自分と異なる人の考えや生活を理解していない事の現われであり、電磁波や超音波を持ち出すのは電波や超音波を知らない事の現れなのです。

そして、荒唐無稽な理屈や非論理的な話を信じてしまうのは、左前頭葉の機能低下を意味し、左前頭葉の機能低下は他者とのコミュニケーション不足によって起こり、そのコミュニケーションに必要なのが言語力であり、言語力とは論理的思考を形成する要因であり、論理的思考を司るのが左前頭葉なのです。

言い方を変えると、左前頭葉が発達していない人は、オカルトなどの荒唐無稽な話や理不尽な話を信じやすい傾向を持ちます。

左脳は論理的な思考を司り、右脳は直観力や創造性などのイメージを司ります。

言語力とは「話せる」とは異なり「自分の考えや感情を言葉として伝える能力」です。

自分の考えや感情を言葉として伝える為には、論理的に体系立てて分析していなければ言葉に表せません。

例えば「山に登りに行く」を例にしてみましょう。

自分が山に登りに行く時に「山に行く」と言っても、人にはあまり伝わりません。
山に登りに行くのか、山を見に行くのか?

もし「山の空気は美味しいし、高山植物も綺麗、そして山は涼しくて気持ちが良く、雲海から登る朝日は絶景、それが見たくて山に登る」と言えば、相手に自分の事を理解してもらい、自分が好きな山を理解して貰う事が出来ます。


「山に行く」と言うだけの言葉は「思いついた」言葉を口にしているだけで、言語力が無いのです。

言語力とは、論理的思考をする為の基礎になる能力でもあるのです。

言語力が身に付いていなければ、コミュニケーション能力も低くなり、自分の事を他人に理解され難くなり、他人の事も理解し難くなります。

つまり、左脳の機能低下はコミュニケーション力に影響し、右脳の直感やイメージが優先される状態になっており、論理的に考えているつもりでも、イメージや直感が優先されている状態なのです。


 

ここからは

ここからは、JG式脳トレ「心の解体新書」をテキストとして使用して行きますので、ダウンロードするか別ウインドウを開いて見てください。
 
  Download
 

自己分析してみましょう

ここまで読んだ感想は?

読み始めた時点で、「読みたくない」と拒否反応が出た人もいれば、書いてある事に納得しつつも、感情がそれを許さない人もいると思います。

ここまで読んだ人は、後者ですよね。
ここまで読み進めてきた人は、何かを感じたから読んで来た訳です。

拒否反応が出た人は、ここまで読めませんから。

読み進めてきた人でも、赤字で大きく書かれた「貴方はガスライティングの加害者ですか?」の質問で、興奮状態になっている人もいるでしょう。

いきなり、大きなポイントの文字を使って、赤字で書いたのは、興奮させる為です。
それでも、ここまで読み進めて来れれば、ここから先に進める資質があると言う事です。

集団ストーカーやガスライティングから抜け出すには、怒り心頭ながらも、ここまで読み進められる精神状態が必要なのです。

拒否反応は感情に支配され、感情に理性が支配されている状態です。
そんな状態の人には、どの様な言葉も届きません。(テキストP30参照)
それは脳のメカニズムなのです。

つまり、集団ストーカーやガスライティングと言う世界から抜け出す為には、僅かでも感情より理性が上回っている状態である事が必要最低限の条件なのです。

感情が高ぶった時は、深呼吸する習慣を付ける様にして下さい。
深呼吸は、感情を沈める効果があります。

まずは、自分の心に向き合ってください。
言い知れぬ不安や恐怖心に心を支配されていませんか?
常に緊張状態になっていませんか?


身体の異常も把握しましょう。
耳鳴りは無いか、頭痛は無いか、心臓の鼓動は早くなっていないか、目は乾いていないか、耳に閉塞感は無いか、下痢や便秘はないか、生理不順はないか、など等。

集団ストーカーやガスライティングで言われている身体症状や、電磁波過敏症と言われている物は、自律神経のバランスが崩れる事で起こります。
自律神経のバランスが崩れる事は、誰にでもあります。
しかし、自律神経のバランスが崩れている事に気付かず、放置していれば鬱病などの精神疾患を発症してしまいます。


原因はともかく、体の異常があるのなら、医師を頼るべきです。
集団ストーカーやガスライティングで引き起こされたとしても、体調不良を治すのは医者でしかありません。

医者に行かずに苦しい思いをするのは、相手ではなく自分です。

インターネットマインドコントロールにも目を通してみて下さい

コンクリートマイクで体験実験

今度は、コンクリートマイクに話を移しましょう。
よくあるお問い合わせにも、「コンクリートマイクを使って自分の居場所を知られている」と言う人が沢山います。
本当にそんな事が出来るのでしょうか?

あれこれ考える前に、自分で試してみれば良いのです。
自分でコンクリートマイクを買って、自分で試せは一目瞭然です。
そんな物が買えるか!と言う人の為に、実際の音を公開しましょう。
音だけならリアリティーが無いので、マイク入力端子付きのビデオカメラのマイク端子にコンクリートマイクを接続して撮影してみました。

コンクリートマイクの音←クリック(要ヘッドホン)

このビデオは、現実にコンクリートマイクを使用している人と同じ経験が出来るビデオです。
このビデオの音を聞いて、何処の何の音か分かるかどうか、ご自分が聞いて自分で判断されればいいと思います。

さあ、何が何の音で、何処でどの様にしていたか分かりましたか。
これが、コンクリートマイクを使っている人の疑似体験です。

コンクリートマイクで聞いていたら、誰が何処を歩いているか見に行く事出来ませんよね。
ひたすら音を聞くしかなく、正にこのビデオの状態なのです。
ちなみに、録音場所の建物の形状は鉄筋3階建て。


このビデオにはもう一つの意味があります。
このビデオは、集団ストーカーやガスライティングに陥る瞬間を表現しています。
その意味がお分かりになるでしょうか?

このビデオを見ると、映っているのはコンクリートマイクだけ、聞こえて来るのは音だけです。

このビデオを見ていると、最初は「その音が何だろう?」「何処から聞こえてくるのだろう」と考えます。
足音なのか叩く音なのか、想像するしかありません。
コツコツ言う音は恐らく、足音だろう。
そんな想像をしている時に、ゴーと言う訳の分からない音がして来ます。
すると、「何だこの音は」と考えてしまいます。

その時に、足音と重なっている部分もあるので、聞いている事に気付かれて足音を聞かれないように工作しているか?と、かすかな疑問が沸く人もいるでしょう。

また、この足音を立てている人が、何か工作しているのか?と思う人もいるでしょう。

しかし、実態は分かりませんよね。
同じ「ゴー」と言う音でも大きい音もあれば、小さく「ゴー」と言う音もあります。
その音の違いに気付かない人もいるでしょう。

そして、最後に手で音を出している映像が出て来ると、それまでの音もすべて工作されていたんじゃないか?と、それまでの音に対して疑心を持ちます。(テキストP10の状態)

そして、見返した時、ゴーと言う音にも大きく聞こえるゴーと言う音と、小さく聞こえるゴーと言う音がある事に気付き、そこに作為を感じたりします。


では実際の音は何の音だったのでしょう?

足音は私の足音です。
ルートは、まずこの部屋を出て、図4の上部にある階段を上り、図4の中央部の階段に移動して3階まで行き、3階のトイレの水を流して、3階全体を歩いてから一階に下りて、1階のトイレの水を流して戻ってきたのです。

中小のゴーと言う音は、1階と3階のトイレの水を流した音の違いです。

そして、大きく聞こえるゴーって言う音は、この建物の特殊性の音です。
この建物の真下には地下鉄の駅があり、大きなゴーと言う音は地下鉄の走る音です。

その地下鉄の音も、どの方向から来て、どの方向に走り去って行ったか分かりませんよね?
実際のコンクリートマイクの音は、強弱だけなので方向や距離は分からないのです。

図4




コンクリートマイクとは、コンクリートの振動を読み取る機械です。
ですので、建物に伝わる全ての振動が伝わるのです。
建物とは関係の無い、地下鉄の音もね・・・


もう一つ、たったこれだけの時間でも、退屈になりませんでしたか?
それを、貴方の為に毎日24時間続ける・・・貴方なら続けられますか?

「自分を追い込んで楽しんでいる」「自分に粘着している」・・・僅か数分のビデオですが、このビデオ見て楽しかったですか?
それが、相手の気持ちでもあるのです。
もし、このビデオが24時間有ったとしたら、貴方はこのビデオを24時間見続けられますか?
行動を監視するとは、このビデオを24時間休む事無く見続ける事と同じなのです。
ご飯を食べたりトイレに行っている時に重要な行動をしたら、見逃してしまいますよね。
見逃さない為には、目を離す訳には行きませんよね。
それなら、録画して見れば?と思うかもしれませんね。
しかし、録画して見るのはこのビデオを見ているのと同じですよね。
貴方が見て楽しくない事は、相手も楽しくないのです。
何時動きがあるかも分からない物を見続ける事など、人間には出来ないのです。


このビデオは集団ストーカーやガスライティングを色々な意味で象徴しているのです。
このビデオは、集団ストーカーやガスライティングに陥る瞬間でもあり、相手の視線でもあります。
つまり、被害者感覚と加害者感覚が同居してますよね。

それが、正常な人の感覚なのです。
集団ストーカーやガスライティングを主張する人は、加害者目線がありません。
自分で見てつまらない物は、相手もつまらないのですが、「つまらないから、やらない」とはならず、やられる理由だけを考えてしまいます。

それは「相手の気持ちになって物を考える」と言う事が出来なくなり、「自分の感情に理由を付けている」状態になっているのです。

集団ストーカーやガスライティング被害を主張する人は、加害行為を受けていると言う理由から、社会に溶け込めず必ず孤独感を抱いています。

それは、社会から孤立している状態です。
人間の脳は道具を作ったり使う為に発達して来た訳ではなく、コミュニケーションを取る為に発達して来たのです。(テキストP6、P18、P20、P32参照)
そして、成長の過程も、コミュニケーション能力を中心に成長します。(テキストP34〜参照)
そして、人間は社会から隔絶されると脳が退行する事が知られています。(テキストP9参照)

脳は筋肉と同じで、使えば発達し、使わなければ衰えるのです。
つまり、コミュニケーションが取れない環境では脳が退行するのです。

脳が退行しても、使えば発達します。
但し、現実世界でコミュニケーションを取る事で発達させなければなりません。


今度は、カメラ2台を使って実験してみましょう。


経験と言うもの

コンクリートマイクを使った二つ目の実験。
実験と言うより疑似体験です。

今度はカメラを2台使って写します。

まずは固定カメラでコンクリートマイク写した映像です。

コンクリートマイクの音2←クリック

このカメラの映像が「経験が無い」状態です。

そして、前回の説明である程度音の説明をしました。
それが、知識を得た状態です。
つまり、勉強で得た知識を意味します。

今度は、前回やっていない事を実験してみます。
それが、コンクリートマイクで隣の部屋の声が聞こえるか?と言う実験です。

これは、前の実験でやっていませんよね?
つまり知識も経験も無い状態で、コンクリートマイクで隣や上下の階の音が聞こえると思ったままの状態です。

ここで私が、コンクリートマイクで隣の部屋の声など聞こえません。
と言っても、まず誰も信じないでしょう。
実際に、コンクリートマイクで隣の音を聞いた事がある人は、テレビの音声は聞こえたと言う人もいると思います。

しかし、テレビの音は聞こえても、そんなに簡単に人の声まで聞こえると言う物でもないのです。
人の声は、間接振動、テレビの音は直接振動なのです。
テレビの音は、テレビを載せている台に直接スピーカーの振動が伝わりますが、人間の声は、声を出す事で空気が振動して、空気の振動が壁に伝わりその振動をコンクリートマイクが拾うと言う伝わり方をするのです。


さて、こうやって説明すると「騙されるな、そんなのは嘘だ、工作だ」と騒いで、耳を傾けようとしないのが、集団ストーカーやガスライティングを主張する人達です。

それなら実際やってみれば良いのです。

それがこれ。
コンクリートマイクの音3←クリック

これが、コンクリートマイクの音2の現実です。
壁が一番薄いところで鳴らした音楽が、聞こえていましたか?
反響するように外のコンクリート壁の隙間に突っ込んで反響もさせましたし、その音の場所が分かるように、外壁の叩き方にも特徴を持たせました。

コンクリートマイクの音2とコンクリートマイクの音3、同じ物を別の視点で見る。
これには、結構深い意味があるのです。

それが、視線の理解(テキストP41〜)です。

集団ストーカーやガスライティングを訴えている人の視点は、コンクリートマイクの音1コンクリートマイクの音2でしかなく、コンクリートマイクの音3の視点を持っている人はいません。

それは、「視線の理解(テキストP41〜)」を身に付けて育って来なかったか、退行して失われてしまったかなのです。
つまりは、異なる目線で物を見ると言う事の経験不足。

身に付いて無ければ、身に付ければ良いだけの話です。



ここで、「ゴー」と言う音の確認をして見ましょう。
ちょっとその前に。
これは、「分かった気になっている」と言う事と、「分かっている」事は別物で、「分かった気になっている」と言う事は、想像でしかない事を自覚して貰うた為の方法ですので、映像を見る前のイメージと比較してください。

比較せずに見てしまうと、見る前はイメージすら持っていなかった物が、映像を見ると「まあこんなもんだろう」と思ってしまいます。
それは「コロンブスの卵」と同じ感覚です。

そして、これが知識と知識が結びつく感覚です。
地下鉄の音や電車の音は、日頃の体験として持っています。
地下鉄の音、と言われるとその音をイメージします。
しかし、それは自分の知っているイメージで、ここの地下鉄のイメージではありません。
見ていないのですから、イメージ出来るはずありませんよね。

そこで、ここのイメージ映像を見せると、自分の持っていたイメージに上書きされるから、「まあこんなもんだろう」になる訳です。

しかし、ここの映像を見るまでは、それまで自分が持っていたイメージを使ってますよね。
それが、「分かった気になっている」と言う事で、相手の事を自分の尺度で測っているに過ぎないのです。

ゴーと言う音の原因←クリック

何事も、自分で確認しなければ、真の理解とは言えないのです。

実際の映像を見て、イメージ通りだったですか?

この映像を見てから、もう一度「コンクリートマイクの音2」を聞いてみると、「ゴー」と言う地下鉄の音が聞こえると「ゴーという音の原因」の映像イメージが浮かびませんか?
その時には、他のイメージが浮かんで来なくなっているはずです。

それが、映像によるイメージの固定化です。
例えば、小説の映画化。
原作を先に読めば、頭の中で自分のイメージの世界が広がります。
頭で広がるイメージは十人十色です。
しかし、先に映画を見てから原作を読んでも、頭の中には映画のシーンしか浮かんできません。
原作を先に読んで映画を見た人は「なんか違う」と言う感覚を持ったりします。


それが、集団ストーカーやガスライティングとどういった関係が有るのか?
ここまで色々と原理を書いてきましたが、その原理は全て学校で習う程度の物で、皆さんも習っているはず。
しかし、実際に経験として学んでなければ、知識から得られるイメージでしかありません。
しかし、現代はテレビや映画など映像に溢れています。
テレビや映画で描かれる世界は、原理を無視した現実離れした世界です。

そうしたテレビや映画を見る事で、イメージが固定化されてしまっているのです。
「やってみなくちゃわからない(その他)」に「サーモグラフィー」を取り上げましたが、映画では建物を透視して監視するシーンが描かれていたりします。
しかし、それは映画を面白くする為の演出なのです。
原理的にそんな事は不可能なのです。

サーモグラフィーは、赤外線を感知します。
赤外線は光です。
壁は光を通さず、室内の人の体温から出る赤外線も通過出来ないのです。
どんなハイテクを使おうとも、出来ない物は出来ないのです。

以前有った相談でこんな物がありました。
「人工衛星から超音波を使って」
これも、どんなにハイテクを使おうと、不可能な事なのです。
何故なら、超音波は音、音は空気の振動、宇宙には空気が無い、空気が無い所には音は存在しない、存在しない物は使えませんよね。

ちなみに「ガスライティング」も、元は映画なのです。




色々な経験を積めば良いだけなのに、それを阻害する物があります。
それが、感情です。

経験不足と分かっていれば、経験を積ませれば良い。
しかし、感情がそれを許さなければ、経験を積む事は出来ません。

経験を積ませようとしてやらされた事が、感情の拒否で嫌がらせに映っている場合もあります。

経験を積ませる前に、感情のコントロールを覚えなければ、経験は積ませられないのです。

その感情をコントロールするには、自制の習得(テキストP54)や序列(テキストP90)が必要なのです。


また、コンクリートマイクの音3では、壁の一番薄い所で音楽を壁の直ぐ横で鳴らしています。
鳴らしている方は、きっと聞こえていると思います。
ましてや、中にはコンクリートマイクを自分で仕掛けていますから、絶対聞こえると思えてしまいます。

コンクリートマイクの音2で録音録画しているからほとんど聞こえていない事が分かりますが、もし録音録画していなければ、「聞かれた」「聞こえていたはずだ」と思えてしまいますよね。(テキストP42参照)
それが、「想像の確信」です。
しかし、実際にはほとんど聞こえてませんでしたよね。

自分がコンクリートマイクを設置しているから「聞こえていたはずだ」と確信を持って思ってしまう。
これが「自責の念」の原型です。(テキストP100参照)



感情とは何だろう?

感情っていったい何でしょうか?

まずは、感情と言う物を理解しましょう。

感情は本能に根ざす物です。
感情は大脳辺縁系から生まれます。
大脳の中で大脳偏見系は原始的な領域です。
その中でも扁桃体が大きく関わっています。

理性は、前頭葉で前頭葉は大脳新皮質に属します。
つまり、人間が進化で得た領域です。(テキストP20参照)

大脳辺縁系にある扁桃体は、「快・不快・不安・恐怖」などの感情を司ります。
そして扁桃体は「快」を求め「不快」を避けようとします。
それが、衝動となって現れ、それが感情として感じるのです。

その扁桃体から分泌されるホルモンに、アドレナリンがあり、アドレナリンは「闘争か逃走」のホルモンと呼ばれ、アドレナリンが分泌されると、戦うか逃げ出すかの衝動に駆られます。

その扁桃体の衝動を抑えるのが前頭葉なのです。

少し目線を変えて見ましょう。
子供のワガママ。
デパートのおもちゃ売り場で、欲しい物が買って貰えず、手足をバタ付かせて泣叫んでいる子供。
あの行為は、前頭葉が扁桃体を抑えられていないのです。
厳密に言えば、子供は前頭葉が発達しておらず、扁桃体の衝動を抑えられないのです。

今度は、恋愛に目を移してみましょう。
恋は盲目、痘痕も笑窪、と色々な言葉がありますよね。

これが「感情」と言う物を表しています。
恋愛も、恋愛ホルモンが出て恋に落ちます。
それは、脳が異常な状態になる事でもあるのです。
脳を異常にさせる物が「ホルモン」なのです。

「痘痕も笑窪」
恋愛に落ちると、痘痕も笑窪に見えてしまう。
つまり、脳が冷静な判断力を失い、物を正しく見れなくなっている状態なのです。
恋愛に落ちている時に、「それ痘痕だよ」と教えても、聞き入れる事はありません。

しかし、恋愛から覚めると今まで魅力に思えていた物に魅力を感じなくなる。
つまり、恋愛ホルモンが分泌されなくなり、脳が正常に戻ったのです。

恋に落ちている時は、相手の否定的な事は見えなくなり、誰かに相手の否定的な事を言われると腹立たしく思えます。

それが感情なのです。

自分では理性を持って考えているつもりでも、その考えは感情に支配されているのです。

集団ストーカーやガスライティングと言う犯罪があって、自分もそれに狙われていると思ってしまえば、アドレナリン系(ドーパミン系)のホルモンが分泌されてしまいます。
アドレナリンが分泌されれば、冷静な判断力を失い、感情に支配され「痘痕も笑窪」と同じ状態になってしまいます。(テキストP27〜28参照)
つまり、見えている物の感じ方が変わってしまうのです。(テキストP94〜参照)
恋に落ちると、恋の相手の何気ない行動が「私の為」と思えてしまうのと同じように、誰かの何気ない行動が「私に対して」と思えてしまうのです。

集団ストーカーやガスライティングからの脱出法とは、まずはホルモンの分泌を抑える事なのです。

ホルモンの分泌を抑えるには、ホルモンが分泌される原因である不安や恐怖を拭い去る事です。
同時に、そのホルモンを鎮める別のホルモンを出す事です。

そうした意味からも、投薬治療は有効なのです。
投薬治療とは、薬でホルモンのバランスをコントロールする治療法なのです。

それと同時に、不安や恐怖に感じる原因も治さなくてはなりません。
不安や恐怖が、薬の効果を上回ってしまったら、薬の効果は半減してしまいます。

では、どうしたら不安や恐怖を克服できるのでしょうか?
それは、経験をひたすら積み上げる事、そして経験を持って知る事です。

次は、超低周波の映像で考えて行きましょう。

超低周波で考える

「やってみなくちゃ分からない」で使った映像をここでも使います。
超低周波被害←クリック

もし、超低周波とか何も知らない人が、こうした現象に遭遇したら?
ビデオの最初に出てきたテロップのように「幽霊音?」とか「ラップ音?」とか「ポルターガイスト」って思っても不思議ではありませんよね。

すると、心霊現象として得体の知れない恐怖に襲われます。
その時点でアドレナリンなりノルアドレナリンが分泌されてしまいます。

すると、逃げるか戦うかの衝動が起こり、引っ越すか?原因を究明するか?の考えが生まれます。

原因を究明しようとネットで検索すると、集団ストーカーやらガスライティングと言う犯罪に同じような現象がある事を見つけます。

すると、今までは得体の知れない相手、雲をつかむような相手だった物が、「犯人」と言う具体的な相手に代わります。

これだけでも、心が楽になります。
そう、扁桃体は快(楽)を求めるのです。

つまり、得体の知れない言い知れぬ不安から、「犯人」と言う明確な存在に切り替わる事で心が楽になり、扁桃体はその「楽」の先に、開放される「快」を見出して「犯人」を求めてしまうのです。
それは、感情に理性が支配されている状態です。
しかし、心霊現象と言う理解し難いものから、犯罪と言う理解し易い物に変わっただけで、雲を掴むような話には変わりありません。

その集団ストーカーやガスライティングの「犯行」を調べて行くうちに、「超低周波」という物を知ります。

それは正解なのですが、ホルモンが分泌されている状態は「痘痕も笑窪」の状態です。
単なる超低周波騒音も「犯行の手口」と言う意識から抜け出す事は出来ません。

単なる現象に、作為を感じている限り「狙われている」と言う恐怖が付きまとい、ホルモンの分泌が止まる事はありませんよね。

体調不良が自律神経症状であると知っても、脳が「痘痕も笑窪」の状態であれば、自律神経症状も犯行に感じてしまいますし、犯行と思っている限りホルモンが分泌される為自律神経症状は無くならないのです。

理屈からすれば、そんな犯罪など無いと思えば、自律神経症状の原因はなくなるのです。

しかし、そんな単純な物でもないのが厄介な所です。
意識でそんな犯罪は無いと思い込んでも、本能で感じる心の不安や恐怖が消える訳でもありません。
自律神経は、意識でコントロール出来ないから「自律」なのですからね。
つまり、不安や恐怖を克服しない限り、集団ストーカーやガスライティングと言う概念は消えず、体調不良も無くならないのです。

次は、不安に付いて考えて行きましょう。

不安の原点は何だろう

私の知る限り、集団ストーカーやガスライティングを主張する人達は、例外なく孤立していました。

社会からの孤立、家庭内での孤立、孤立していない様に見えても自己否定という孤立をして、孤独感を抱えている人達です。
そして、望む物は共通して「普通の生活に戻りたい」「社会に戻りたい」と願っています。

但し、同じ孤立や孤独感でも、2種類の人がいます。
それは「愛着」を持っている人と、持っていない人。

両者を同一視する事は出来ません。

「愛着」とは母子関係で築かれる信頼関係です。
その母子関係で築かれた愛着を他人に応用した物が「信頼」です。
その為、母子関係で愛着を築けなかった人は、他人を信じる事が出来ず、社会に溶け込めず、社会から孤立してしまいます。

愛着を築けなかった人は、虐待やネグレストなどの機能不全家族の中で育った人達です。

では、何故愛着を持っていないと、社会に溶け込めずに孤立するのでしょう。(テキストP66〜68参照)

「背中を預ける」と言う言葉があります。
人間は自分一人だけでは身を守る事が出来ません。
だからこそ助け合って生きています。
人を信じ、背中を預け合う関係が無ければ、常に不安や恐怖が付きまとう事になります。

人を信じられなければ背中を預ける事は出来ず、常に背後の敵に気を気にしなけれればならりません。
そこに安心は無く、常に背後に不安を抱え続ける事になります。

それが孤独の恐怖であり、孤独は命の危険でもある為、人間は本能的に孤独を恐れるのです。
しかし、孤独の恐怖は本能で感じる恐怖である為、意識としては現れず、漠然とした不安として感じています。

さて、この関係が母子関係とどの様に関係しているのでしょう。
その原点は「無防備」なのです。

赤ちゃんは、体も動かせず、身を守る事も出来ない無防備な存在です。
それを母親が無償の愛で受け止める。
そこに「守り守られる」信頼関係が生まれます。
目の前の事に集中して遊んでいても、危険な背後は親が守っていてくれると信じる事から得られる安心感。
それが愛着の原点であり、信頼の原点なのです。

「背中を預ける」と言う関係は、この発展系です。

自分の背中は信頼できる人にしか任せられませんよね
相手から見て、自分が信頼されていなければ背中を任せて貰えませんよね。
誰かの背中を任せて貰えなければ、自分の背中も守ってもらえません。
誰か自分の背中を守ってよ!と頼んでも、誰も背中を守ってはくれません。
つまり、孤立して孤軍奮闘するしか無くなるのです。

しかし、信頼を得ていなくても、自分の背中を守ってもらう事は出来るのです。
それは、自分から誰かの背中を守る事です。
誰かの背中を守っていれば、結果的にその人に背中を守って貰う事になるのです。
そして、誰かの背中を守り続けていれば、その人から信頼を得られます。
自分の背中を守って欲しくば、誰かの背中を守る事から始めるのです。
これが人間の社会性の原点なのです。
(テキストP71〜75参照)


しかし、誰かの背中を守る事は、その人を信じて命を預ける覚悟がなければ出来る事ではありません。
その人に、無防備な背中を曝け出す事になるのですからね。
この関係は母子関係の「無防備な赤ちゃんに応える母親」の関係と同じなのです。
そして、そうした関係を経済学では「コミットメント」として説明されています。(テキストP78参照)

孤立して孤軍奮闘している人は、何処から襲ってくるか分からない敵に神経を尖らす事になりますよね。
しげみで音がしたら敵の襲撃に怯え、木の葉の音がしても敵の襲撃に怯える状況。
集団ストーカーやガスライティングを主張する人と同じですよね。


愛着を持っていても孤立する人もいます。
それはどんな人なのでしょうか?

例えば、自分は強いぞ!仕事が出来るぞ!と豪語している人を、誰も助けようとはしませんよね。
豪語していたのに、いざと言う時逃げ出したり、投げ出したりする人を、誰も信用しませんよね。

自分の背中を任せられる最低条件って何でしょう?
それは、どんなに弱くても、どんなに力が無くても、絶対に逃げない人ではないでしょうか?
どんなに能力があろうと、どんなに実力を持っていようと、いざと言う時逃げ出す人は信用されません。
信用されなければ、孤立してしまいますよね。

また、どんなに頑張っても実績を残せなければ、皆に迷惑をかけていると言う思いから自己否定の孤立が始まります。

そして、力を合わせて困難に立ち向かおうとする時、協力を拒んで足並みを乱しても孤立して行きますよね。

孤立してしまえば、孤軍奮闘状態になり、やがて疲れ果てて倒れてしまいます。(テキストP27〜)

それが、精神疾患と言う形で現れて来るのです。
そして、これらの事は全て「社会性」と言う言葉に集約されます。
つまり、精神疾患と社会性には密接な関係が有るのです。

不安の原点は何だろう その2

まずは次の映像を見てみよう。
これはアポロ11号の月面着陸に捏造を疑う番組の一部です。

アポロ11号は捏造?←クリック

このビデオを見て、貴方も「そうかも知れない」と、疑念が生じませんでしたか?
たしかに、空気がないのに旗が揺れるのはおかしいですよね。
言っている事は科学的に理に適った事ですし、間違いはありませんよね?
という事は「捏造かもしれない」と感じても仕方ありません。

では次の映像を見て見ましょう。

真空での実験映像←クリック

この映像を見て、疑念が晴れませんでしたか?

この二つの映像を見た感覚が、集団ストーカーやガスライティングの「犯罪」の原型の心理なのです。

それまで当たり前に感じていた事に疑念を持ち、その疑念に対して肯定的な原理だけを探してしまうのが、集団ストーカーやガスライティングです。

ここに紹介したビデオ映像は、先にアポロ11号の捏造を疑う映像を見せて、その後に実験映像を見せています。
もし、これが逆だったら?

真空での旗の動きを知っている人が、アポロ11号の捏造映像を見たらどう思うでしょうか?
恐らく「何を馬鹿な?」と笑ってしまいますよね。
そして、そんな物を信じている人に教えようとします。

私は、こうした覚える順番によって考えが異なることを「覚えの順序」と呼んでいます。

先に、捏造説に出会い、その捏造説を信じてしまったら、他にも捏造を証明する証拠を探し出して捏造説が事実である事を証明しようとしますよね。
アポロ11号の捏造説では、月に足跡が残るのはおかしいとか、月から地球を写した写真に星が写っていないのはおかしいとか・・・

それと同じ構図が、2ch等の掲示板で繰り広げられています。

もう少し、アポロ11号の捏造説をもう少し掘り下げて検証して見ましょう。
「月に足跡(砂の上)が残るのはおかしい」と言う捏造説の主張は、砂の上を歩いても足跡は崩れてしまい、くっきりと足跡が残るのはおかしい。
砂に足跡が残るのは、砂が濡れている場合で、水も空気も無い月面で足跡が残るのはおかしいと言うのが、捏造を主張する人の主張です。

さて、実際にはどうなのでしょうか?
これも実験映像を用意しました。

月の足跡の実験←クリック

この映像では、NASAが開発した砂と言うナレーションしか入っていませんので、何故月の砂には凹凸があるのかを補足説明しておきます。

地球には空気も水もありますよね。
地球で砂が出来るメカニズムは学校で習ったと思います
簡単に説明すれば、水が岩を削り石が川を転がり丸くなり、砂が風や水の流れで転がり丸くなります。
しかし月には水も空気もありませんよね。

どうして水も空気も無い月に砂が出来たのでしょうか?
それは、月に無数にあるクレーターが関係しているのです。
月に無数にあるクレーターは、隕石の衝突の痕跡です。
月の砂とは、隕石の衝突で作られた粉塵が堆積した物なのです。
石を叩き割った時に出た粉の粒は尖ってますよね。
月の砂は、それと同じなのです。
尖った粒子だから、足跡は崩れないのです。

月から地球を写した写真に星が写っていないのはおかしい?
いや、写っている方がおかしいのです。

月には空気も水もありませんよね。
つまり、大気や水蒸気に反射・吸収される事無く、、太陽の光が直接届いてしまうのです。
宇宙服のヘルメットの顔の部分は、鏡のようになっているでしょう?
あのようにしていないと失明してしまうのです。

スキー場でサングラスをしていないと雪盲になってしまうのと同じ事なのです。
スキー場で写真を写す時、シャッタースピードは速いですよね。
つまり、スキー場で写真を写すのと同じように、明るい月面ではシャッタースピードを早くしないと露出オーバーになってしまうのです。
しかし、星を写すにはシャッタースピードを遅くしなければ十分な露出を得られず写りません。
ちなみに星を写す場合のシャッタースピードはと言えば、15秒〜30秒、暗い星なら数分〜数十分で、月面での撮影は恐らく1/500秒以上のスピードが必要でしょう。
つまり、月面でのシャッタースピードでは星など写るはずも無いと言う事です。

これらの捏造説を集約すると、自分のいる世界の感覚で、異なる世界の事を考えてしまっているのです。
捏造説の理論自体は間違ってはいませんが、適応させるステージが間違っているのです。
空気も水もある世界の理論を、空気も水も無い世界に当てはめて考える事から捏造説に発展している訳です。

この事をさらに掘り下げて考えて見ましょう。
先にアポロ11号の捏造の番組を見て、捏造を疑う人もいれば捏造を一蹴する人もいます。
その違いは何処にあるのでしょう?
それが経験の蓄積による経験則の違いです。

理屈ではない経験知の量が、経験則の違いを生むのです。
例えば、シャッターを押すだけのオート化カメラを使っていたら、シャッタースピードと絞りと露出の関係など知る由もありません。
しかし、オート化される以前のカメラは、絞りやシャッタースピードからピントまで自分で決めて写していました。
そうしたカメラを使っていた経験があれば、月面から地球を写した写真に「星が写っていないから捏造だ」と言う主張を聞いても、「そんなの当たり前」と、意に介しませんよね。

工事現場などでセメントの粉を踏んだ経験を重ねていれば、足跡が残る事に何の不思議も感じません。

さて、このセメントの話に大きな意味がある事に気付いた人が何人いるでしょうか?
このセメントの話は結構意味深いのです。

セメントの上を歩いたことの無い人は、地面=土、砂、岩(石)しか思い浮かびませんし、セメントの粉が落ちているのは特別な事例だと考えてしまいます。
しかし、工事現場では当たり前の事で、セメント以外にも色々な切粉が散乱しているのが当たり前の世界なのです。

この構図、何かに似ていませんか?
そう、例題として取り上げてきたアポロ11号の捏造説と同じ構図なのです。
工事現場を知らない人は、実際の工事現場を想像出来ませんよね。
電動ノコで木を切れば、木屑が粉となり辺りに堆積しますし、石膏ボードを電動ノコで切れば石膏の粉が辺りに堆積して行きます。

そうした切粉の生成過程は、月の砂と同じなのです。
部屋の中で切れば部屋全体に降り積もりますし、切粉は月の砂と同じように凹凸のある粒子で、奇しくも月面を歩く疑似体験をしているのです。
疑似体験をしていれば、不思議に思う事もありませんよね。

つまり、アポロ11号の捏造説は経験不足の人の戯言。

この「捏造」と言う言葉を「陰謀」に置き換えたのが集団ストーカーやガスライティングの陰謀論で、知らない事や理解できない事に不安を感じて、怪しんでいるだけで、その怪しさを肯定するためにステージの異なる理屈を持ち出しているだけなのです。

つまり、不安とは知らない事や理解できない事に不安を感じるのです。
そして、理屈で理解しようとすれば新たな疑惑を生み、新たな疑惑に不安を感じる無限ループに陥ります。

不安の原点は何だろう(続・知らないと言う事)

ここまでの事を踏まえてネットで公開されている「集団ストーカーやガスライティングの証拠」や「集団ストーカーやガスライティングの検証」なる映像を見てみましょう。

放射能の攻撃を受けていると言う人←クリック

この動画には「放射線犯罪 電磁波犯罪 電磁波攻撃」と言うタイトルが付けられています。
そのコメントにはこう記されています。

「放射線が、家の壁を貫通してます。放射線が当てられた部分は、熱くなります。頭に当てられると髪の毛が抜けます。放射線測定器、電磁波測定器を買って、自分の身を守りまし-ょう。自然の放射線量は、0.04μSv/h位です。」

ここから、この人の間違いが伺えます。
この人の間違いとは、マイクロシーベルトとミリシーベルトの混同です。

自然界の放射能は、大地から0.4ミリシーベルト、食物から0.35ミリシーベルト、宇宙から0.35ミリシーベルト、合計1.1ミリシーベルトです。
1mSv(ミリシーベルト)=1000μSv(マイクロシーベルト)なので、小数点以下の0の数も違います。

では、この映像をUPした人は何を測定し、何を恐れているのでしょう?
この人の測定している放射能の値では、この人がコメントで書いているような事は起こらないのです。
参考リンク←クリック

これが「知らないと言う事」で書いた「専門的な知識を得ようとする時、基礎知識は学ばず、高度な知識だけを求める」事で陥る不安や恐怖なのです。


放射能の攻撃を受けていると言う人2←クリック

これも同じ人がUPした映像ですが、このコメントにはこんな事が書かれています。

「放射線が0.32μSv/hまで上昇しました。その時、後ろにいたのが、ホンダライフの白色です。私を追い越して、すぐに助手席のカバンに何かを入れました。電磁波攻撃機-器(高周波MIX発生器、ブラック・ウィドーなど)でしょう。なお、警察に通報しても、捜査してくれません。犯人が公安警察または創価警察だからか?これじゃ、日本全国で-、放射線殺人は、いくらでもできますよ。」

この映像も、値は「μSv/h」でマイクロシーベルトで、自然放射能のレベルでしかなく、どこでも検出される放射能レベルなのです。

つまりこの映像は、この人の言う電磁攻撃や犯人等はいない事を証明しているのです。
そんな事を警察に通報しても捜査してくれないのは当たり前の事です。


電波を測定している映像←クリック

この映像のコメントにはこんな事が書いてあります。

「私の部屋での電磁波計測の様子をリアルタイムで記録。
この異常な高い数値の電磁波は、我が家を中心に田を挟む側面、駐車場を挟む側面、後方からの数値が記録されている。」と書かれています。

まずは、この人の使用している機種から見てみましょう。
この人の使用している機材はLA-310WA-300Hを接続して使用しています。
WA-300Hは増幅アンプです。

このLA-300と言う機種は、先代機種であるLA-300にアンプ回路が追加された機種なのです。

アンプ回路が組み込まれた機種にさらにWA-300Hと言うアンプ接続して、Wアンプにしても僅かしかメーターは動いていません。
これは、電磁波が非常に少ない状態を示しており、コメントで書かれているように「異常に高い数値の電磁波」などは存在していない事を証明しているのです。

こうした映像の最も恐ろしい事は、同じように「知らない人」が計測器を使って調べている映像を見て、自分では何も調べずに数値などを鵜呑みにして信じてしまう事なのです。

集団ストーカー関連のYouTube動画の検証はこちらで行なっています。←クリック


さて、この不安の原点のキーワードが「探す」と言う事に、集約される事に気付かれたでしょうか?
微弱な電波を受信する為に、ダブルアンプにすれば通常では計測できない微弱な電波でも計測器の針を振らせる事は出来ます。
そんな微弱な電波を探せたからと言って、何の意味があるのでしょう。

不安の原点とは「探す」と言う事に集約されるのです。
例えば、ネットストーカーされていると言う人、その多くは2ch等の掲示板で自分の事を書かれていると言います。

しかし、それは「探している」のです。
探している時、自分には当てはまらない物は飛ばし、自分に当てはまる物だけを探しているのです。
そして、自分に当てはまらず飛ばした物は記憶に残らず、自分に当てはまる物だけが記憶に残ります。
その為、さも多くの人が自分の事を書いているような錯覚に陥ります。

度胸試し

何故人はジェットコースターに乗ったり、バンジージャンプに挑戦したり、肝試しをしたりするのでしょう?

何故、わざわざ怖い思いをしたがるのでしょう?
それはストレス解消の為と言われています。

しかし、一人で公園に行ってジェットコースターに乗ったり、誰もいない所でバンジージャンプをしたり、一人で心霊スポットに行く人は滅多にいませんよね。

世界中の民族の風習にも、大人の儀式のような物があり、危険な事をする事は共通しています。

何故、危険な事に挑戦する事で、一人前と認められるのでしょう。

それは「恐怖の克服をしている事を示す行為」と考えられます。

恐怖の克服とは「逃げない」事を示す行為です。
どんなに言葉では出来ると豪語していても、本当に逃げないかどうかは行動で示さねば信用されませんよね。

ストレス発散にしても、元々ストレスとは「敵に遭遇したときの緊張」ですから、危険な事をして生還すればストレスは発散されるわけです。

では、恐怖の克服はどのようにして行われるのか?
これも、経験の積み重ねです。(テキストP48〜50・P91参照)


不安をなくすためには

不安を無くすには「人を信じる事」です。

人を信じて、現実世界で人とつながる事です。
メル友がどれ程いても、メル友は現実世界で背中を守ってはくれませんよね。

そして無防備になれる事です。
自分の弱さを隠していれば、他人に強いと思われてしまいます。
強い人を人は助けようとはしません。
自分の弱さを隠して強がっていれば、他人に強いと思われてしまいます。
強いと思われてしまったら「助けて」とは言い難くなりますよね。

自分の背中を守ってもらうには、弱さをさらけ出して無防備になる事です。
これは人を信じていなくては出来ない事です。

大袈裟なようですが、人を信じるとは命がけの事なのです。
無防備とは一切の抵抗をせず、成すがままにされる事です。
その関係は、アフリカの野生ゴリラ調査隊のゴリラとの接し方に見る事が出来ます。
ゴリラが相手をつかんで引き寄せる行動は、誘いかけの合図。
それに身構えたり嫌がったりせず、ゴリラにされるがままに身を任せるのです。
参考映像←クリック

すると野生のゴリラでも心を許してくれるのです。
ゴリラにつかまれて身の危険を感じて逃げ出したり、抵抗したりしたら恐らくゴリラに襲われるでしょう。
これって命がけですよね。
ゴリラを信じていなければ出来ない行動です。

ゴリラを猛獣と思い、警戒していればゴリラと仲良くなる事は出来ませんが、ゴリラを信じて無防備になり身を任せれば、ゴリラとでも仲良くなれるのです。

ゴリラを怖い動物と思っていらゴリラとも仲良くなれず、ジャングルでゴリラと遭遇したら不安や恐怖を覚えるでしょう。

それは人間も同じなのです。
まずは「コミットメント(テキストP78)」する事なのです。

そして、自分の居場所や役割を探す事です。
自分の居場所や役割とは何でしょう。
それは自分の適性です。

自分のやりたい事や、自分の望むポスト、それを自分で望んでも与えられるとは限りません。
自分の能力や適正を評価するのは、自分ではなく他人なのです。(テキストP69参照)
どれ程自分の能力を主張しても、自分のやりたい事を主張しても、他人に評価されなければ認めてもらえません。

他人の評価を受け入れられなければ孤立する事になります。
人は誰でも自分は優れていると思いたい物ですし、他人より劣っているとは思いたくない物です。

しかし、集団で目的を達成しようとする場合、適材適所に人材を配置しなければ能力を最大限に発揮できませんよね。
主役になれなければ、脇役があり、脇役にもなれなければ、裏方もあります。
その中で、自分の能力が最も生かせる所が自分の居場所であり適正なのです。
それが「比較優位(テキストP80参照)」の基本的な考えです。

自分が比較劣位であるならば、比較劣位である事を受け入れて、比較優位になれる様に励む事です。
裏方とは、誰かの背後を守る仕事でもあるのです。

その他にも不安になる物はあります。
お金の不安、仕事が決まらない不安、将来の不安、しかしそれらの不安も全て自分の生存に関わる事ですよね。

そして他人に関わる事は「心配」になります。
しかし、心配の原点は何処にあるのでしょう?

心配を突き詰めて考えて行くと、自分の寂しさだったり、自分を取り巻く環境の変化だったり、自分が満足出来なくなる事に対する不安でもあるのです。

これらの事を一言で言えば、自分の心の不安定なのです。
それが、扁桃体は「快」を求め「不快」を避けようとすると言う事なのです。

誰かを「心配」する時に、色々な理由が浮かびますよね。
しかし原点は、扁桃体が不快を避けようとする衝動から来ています。
心配している時に思い浮かぶ理由は、扁桃体による衝動に理由を付けているに過ぎないのです。

その理由の付け方次第で、考えや感じ方から見え方まで変わってしまうのです。
ではその理由は何を根拠に付けられるのでしょう?

それは、過去の経験です。(テキストP39参照)
人間は、過去に経験した事の中から統計的確立で物事を判断して理由を付けるのです。
その統計データに偏りがあれば、判断や理由も偏ってしまいますよね。
その偏りとは、物事を一つの方向から見るのではなく、多角的な視野で見た経験を持っているかと言う所なのです。
一つの事を、異なる立場、異なる環境で経験していなければ、統計データに偏りが出てしまいますよね。

詭弁を自覚しよう

詭弁とは、道理に合わないことを強引に正当化しようとする弁論。
感情を詭弁で語ってはいませんか?または感情を理解するのに詭弁を使っていませんか?

自分がする事は他人もします。
「ガスライティング被害者への質問」で、「あなたは加害者ですか?」と質問しました。

ガスライティングで言われる「アンカリング」や「ストリートシアター」等は、すべて自分でもやっている事ですよね。

「咳払い」が「ほのめかし」の手口なら、咳払いをする人は全て加害者や工作員という事になりますよね。

自分も咳をするのに、他人の咳は加害行為という事は、道理に合わないと思いませんか?
それを自分は加害者ではなく、他人の咳は自分に対する加害行為と言うのは、道理に合わない事を強引に正当化しようとする詭弁その物なのです。

コリジョンキャンペーンにしても、自分が他人の行動を遮った事が無い人などいないのです。
そんな事をした事が無いという人は、気付いていないだけで、必ず誰かの邪魔になっています。

例えば、映画を見ている時でも、後ろの人は自分の頭で見え難くなっていたり、レジでお金を払う時に小銭を数えているだけでも、後ろで並んでいる人からすれば邪魔だと思われているでしょう。
道を歩いていれば、後ろから自転車で来る人には邪魔者でしかありません。
自分が道を歩けば、自転車に乗っている人の行く手を遮る事になるのです。

自分でもやっている事なのに、他人がやる行為を加害行為や工作と呼ぶのは、自分を被害者にする詭弁でしかないのです。


そこには「お互い様」と言う概念が失われています。
そして「お互い様」の概念が失われて語られている「詭弁」に疑問を抱かず、信じてしまう事は、社会性が失われている事に他なりません。(テキストP69〜参照)


社会性の喪失と心の病の関係

心の病を発症すると、社会生活を送る事が困難になります。
つまり、心の病とは「社会性が失われる事」と言っても過言ではありません。

集団ストーカーやガスライティングの被害を訴える人の願いを集約すると、普通の社会生活を送りたいと言う事に集約されます。

裏を返せば、集団ストーカーやガスライティングの被害を訴える人は、普通の社会生活を送れていないと言う事でもあるのです。

社会生活を送れない理由として集団ストーカーやガスライティングに遭っているから。
それが詭弁なのです。

ガスライティングの手口として、アンカリングやコリジョンキャンペーンやストリートシアターとか言っている時点で、社会性を無い事を自分で証明しているのです。

社会性が失われているからこそ「心の病」なのです。
その大元にある原因が「ストレス」なのです。

ストレスにより脳内のホルモンのバランスが崩れて社会性が失われるのです。
そのホルモンのバランスを治すのが投薬治療なのです。(テキストP28参照)

しかし、投薬治療でホルモンのバランスが改善されるだけで社会性が戻る人もいれば、投薬治療だけでは社会性が戻らない人もいます。

投薬治療だけでは社会性が戻らない人の多くは、元々社会性を身に付けずに育ってしまった為に病気を発症した可能性が高いのです。(ID・PW発行

その場合、社会性を身に付ければ良いだけの事。
逆に言えば、社会性を身に付けなければ再発を繰り返す事になるでしょう。
しかし、そうした能力の習得は4歳にピークを迎え、ピークを過ぎると習得が難しくなって行きます。
例えるなら、幼年期の習い事は覚えが早く、年齢を重ねると覚えが悪くなるのと同じ事です。
同じ様に、年齢を重ねてからの社会性の習得には時間がかかります。
大切な事は「何が足りないかを把握する事」です。
何が足りないかを把握すれば、足りない物を補う事も可能になります。


社会性が身に付いていない人には意識改革や家族関係の改善等も必要になります。
(テキストP66参照)

まず大切な事は、自分が心の病を抱えていることを認める事です。
集団ストーカーやガスライティングの真犯人は、自分の中にいるのです。

心の病とは、ホルモンのバランスが崩れているだけなのです。
ホルモンのバランスを治すには治療が必要なのですが、自分が心の病を持っている事を自覚しなければ治療も出来ませんよね。

心の病を恥じる必要は全くありません。
心の病を患った事は、通常の人が経験する事のない貴重な体験です。
その経験は何事にも変え難い貴重な財産にもなり得るのです。


回復に向けてのステップ 1(医者選び)

自分が心の病であると認める事が出来たなら、次は回復へ実践あるのみ。

まず最初にすべき事は医者探しです。
心療内科でも、精神科でも何処でも良いのですが、評判やら名声やらで選ぶとろくな事はありません。

自分で何軒も足を運び「この先生なら」と思える人を探す事です。
ポイントは「話を聞いてくれる先生」「信頼感のある先生」「薬が多すぎない先生」です。

精神科とは面白いもので、どんな名医も患者によってヤブ医者にされてしまいます。
それは何故だと思いますか?

心の病を発症する人の多くは、権威主義的思考の人が多いのです。
言葉を変えれば、自分の判断に自身が持てず、他人の評価を気にする人。
(テキストP75〜78参照)
まあそれが病を発症する原因でもあるのですが、評判のいい病院や、著書のある医師等に感謝が殺到してしまいます。

心の病は話を聞く事で症状の半分は改善される様な世界で、患者数が多い事は、一人当たりの話をする時間が少なくなる事を意味します。

良い先生とは「話を聞いてくれる先生」
患者の集まる病院は、この大原則が崩れてしまうのです。

自分の判断に自身が持てず、他人の評価を気にする人にとっては、自分の信頼出来る医者に巡り会えるまで何軒でも探す事は、病気回復の為のリハビリにもなるのです。

自分の体を任せる人は、枯れの評価でもなく、自分で選んだ人でなければ「信頼」出来ませんよね。

その「信頼」という物も、社会性に必要不可欠な物なのです。(テキストP73参照)

病院選びのポイントは、まずは建物の雰囲気から。
どんなに大きな病院でも、窓に鉄格子が取り付けられている病院では、それだけで精神的圧迫を受けてしまいますよね。
そうした病院はあまりお奨め出来ません。

また、待合室の雰囲気も見た方がよろしいと思います。
待合室で待っている時に、重度の精神障害者の出会うと、付き添いの人まで精神的なダメージを受けてしまう場合があります。

心の病の人がそうした病院に診察を受けに行く事もお奨め出来ません。
信頼出来る医師に出会う事が回復に向けての第一歩です。


回復に向けてのステップ 2(なるべく詳しく話す)

信頼出来る医師に出会えたら、包み隠さず自分の状態を出来るだけ詳しく話しましょう。

気分の浮き沈みがあるか、その浮き沈みはどれ位の周期なのか等。
心の病の人は「悪い状態」の時だけを主張しがちになり、「自分では」良い状態の事はあまり話さなかったりします。

この「自分では良い状態」の有無や、その周期は結構大切なことなのです。

その「良い状態」が「躁」であれば、それも病状の一つ。
つまり、鬱病と躁うつ病の違いが出てきますよね。

躁うつ病を鬱病と診断されれば処方も違います。
つまり、薬が合わず改善が見られなかったり、悪化させてしまう事になる場合もあるのです。

すると、医師に対する信頼も薄れていきますよね。

回復に向けてのステップ 3(直接の原因よりも幼年期・少年期)

心の病を発祥した人は、病気になった直接の原因に目が行きがちになりますが、幼年期や少年期にも目を向けてみましょう。

ここで、少し「鬱病」の罹患率を見てみましょう。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/2150.html
ここのグラフで見て分かる様に毎年鬱病患者は増加していますよね。
年代別のグラフで面白いのが、男性の鬱病罹患率が40代をピークに減少しているのに対し、女性は増え続けている事。

このデータをどう読み解くのか?
まず、最も注目すべき点は、60代の罹患率。
60代は団塊の世代で人口比率が高い世代なのに、鬱病の罹患率が低いのは何故でしょう?
人口比率が高い60代の鬱病罹患率が低いのに、人口比率が少ない40代より若い世代の罹患率が高いのは何故でしょう?

60代の団塊の世代が生まれた時代は、戦後で生活環境も悪い時代、それなのに生活環境が良い時代に生まれた人の方が、鬱病の罹患率が高いのです。

では、40代までの世代に何があったのでしょうか?
それが「高度経済成長」です。
高度経済成長以降、日本は豊かになり、それと同時に少子化が進んだ時代です。

高度経済成長と少子化と心の病。
この無関係のように見える3つの事は、人間にとって密接な関係があるのです。

それを象徴することわざがあります。
「物厚ければ情薄し」

豊かさや便利さと引き換えに、知らず知らずのうちに大切な物を失ってしまっているのではないでしょうか?

また、豊かさや便利さを当然のように享受して育っていれば、「何が大切な物か」に気付く事も出来ませんよね。

例えば、現在では当たり前のように有るテレビ。
今では一家に数台有るテレビ。
60代の世代が生まれた頃にはテレビは珍しい時代。
街頭テレビに人が集まり、テレビのある家にテレビを見に行っていた時代。
そこには、一台のテレビを皆で見る事で、人との繋がりや絆が生まれた時代。

電話も普及していない時代で「呼び出し電話」が当たり前にあった時代。
電話の有る近くの家に電話をして、呼びに行ってもらっていた時代。
そこにも人との繋がりや絆が生まれていた時代。

そして高度成長期以降、人は豊かになり、テレビや電話は一家に一台は当たり前、街頭テレビは無くなり、呼び出し電話も無くなり、便利な世の中になりました。
電話が無かった人が電話を引けば、呼び出してもらう気まずさや煩わしさが無くなり、呼びに行く方も煩わしさが無くなり良い事ずくめ。
何も大切な物を無くした等とは思いもしませんよね。

しかし、確実に「情」や「絆」は失われているのです。

その延長もあります。
昔はテレビは一家に一台。
その一台のテレビを囲んで家族全員で見ていました。
すると、チャンネル争いが勃発。
テレビを2台にすれば自分の見たい番組が見れてチャンネル争いも解消。
しかし、それは協調性の喪失や家族の会話が失われるのと引き換えの便利さ。

生まれた時から豊かで便利な環境で育てば、それが当たり前の感覚になります。
人間は「基準」で判断する動物です。
育った環境で「基準」が高くなっていれば、基準より低い事に理不尽を思い、ストレスを感じます。(テキストP91参照)

そうした事は至る所にあります。

幼年期や少年期以前でも、昔は母親が赤ちゃんをおんぶしながら家事をしている風景は当たり前に見られました。
昔は乳母車、今はベビーカー。

この二つを赤ちゃんの気持ちになって見比べて見ましょう。
乳母車に乗せられた赤ちゃんは寝かされた状態、ベビーカーは座らされた状態で乗せられますよね。
赤ちゃんの視線からすると、乳母車に乗せられた赤ちゃんは母親の顔を見ることができますが、ベビーカーは基本的には前を向いていますよね。

その状態を赤ちゃんの気持ちになって考えて見ましょう。
いつも母親の顔が見られると、安心すると思いませんか?

おんぶに抱っこ、赤ちゃんからすると「守られている」と言う安心感があると思いませんか?

逆に、今風のベビー用品を見てみましょう。
ベビーベッドやベビーカー、赤ちゃん用のゲージ。
ベビーカーは親からすると楽ですし、ベビーベッドや赤ちゃんゲージは、赤ちゃんに安全をもたらすと考えがちですが、赤ちゃんの気持ちはどうなのでしょう?

赤ちゃんは母親といつも一緒にいたいと思いませんか?
ベビーカーに乗せられている赤ちゃんが楽しそうに見えますか?
赤ちゃんが一番楽しそうに見えるのは、母親が赤ちゃんの顔を見てあやしている時ではないですか?

昔は家族が川の字のように一緒に寝ていました。
夜に目が覚めると横に両親が寝ている。
それを見て安心して再び眠りに付く。
ベビーベッドは赤ちゃんだけのスペースで、夜中に目が覚めても誰も見えない。
自分で自由に動く事の出来ない赤ちゃんが、夜起きて周りに誰も見えなかったら心細くなると思いませんか?

そこで、赤ちゃんの心に一つの基準が作られます。
安心と不安。

生まれて間もない頃に、安心出来る環境で育てば「安心」が基準となり、安心出来ない環境で育てば「不安」が基準となります。
そして、それは自我が生まれる以前に形成されるため、その基準を認識する事は出来ません。

そして、赤ちゃんは生後2ヶ月を過ぎる頃には一つの重要な物理法則を理解します。
それが「物体が視界から消えても存在し続ける」という法則です。(テキストP38参照)
この法則が親と結び付けば「親が見えなくても親はいる」と言う安心感を得ます。
しかし、この法則と親に結び付きを持たなければ安心感を持てません。
この時に感じる不安を「別離不安」と言います。

そして最も大切な事が、この法則と親との結び付きを生後18ヶ月までに持たなければならない事なのです。(テキストP47、P38参照)

さて、何故18ヶ月までなのでしょうか?
その理由は、生後20ヶ月を過ぎると自我が芽生えてくるからなのです。
自我が芽生えてからは「別離不安」が「見捨てられ不安」に変わります。
つまり、生後18ヶ月までに別離不安を解消する必要があり、自我が芽生えてからでは別離不安は見捨てられ不安に変わり、それは親に対する不信感の芽生えになるのです。

この「見捨てられ不安」が「境界性人格障害」の要因になります。(テキストP47参照)

そして、別離不安の解消が出来なかった親は、過保護な親である場合が大半です。
その過保護が子供にもたらす物が「自己愛性人格障害」の要因。

しかし要因を持っていたからと言って発症する訳でもありません。
自己愛が満たされている環境であれば性格的な物に過ぎませんが、自己愛が満たされなくなった時に発病し易くなります。

過度な受験勉強も、一つの過保護です。
小学生の頃から受験勉強をすれば、友達と遊ぶ時間が奪われます。
それは習い事も同じ。

また、遊びと言ってもテレビゲームは論外で、「鬼ごっこ」や「かくれんぼ」等の昔ながらの遊びをどれだけやって来たか?(テキストP107参照)
それが、社会性に大きく影響します。

子供は社会性を、そうした遊びの中で学び、身に着けて行きます。

では、何故そうした遊びが必要なのでしょうか?
一つ問題を出しましょう。

二人で遊んでいる2〜3歳の子供に、「かわりばんこ」で遊びなさいと言って一台の三輪車を与えます。
この時期の子供は早い者勝ちで、早く取った方が所有権を主張します。
しかし、「かわりばんこ」の意味も理解している時期なので、心に葛藤が生まれ色々な反応を示します。
その反応に対する問題です。

先に取った子供が「後ろに乗る?」と言って一緒に遊ぼうとした場合、貴方はその子の行動をどのように評価しますか?

1. 思いやりのある優しい子供
2. 指導すべき問題行動

貴方はどちらの評価を下しますか?

答えは、指導すべき問題行動なのです。
では、何故それが問題行動なのでしょうか?

この行動は、一見思いやりのある子供にも見えますが、「かわりばんこ」をしていません。
これは、自分が楽しみ続けたいと言う欲求を抑えられず、自分の欲求を満たしながら共同作業を行なおうとする行為なのです。
つまり、自制心が育っていないのです。(テキストP55参照)

社会性とは「協力」と「分け合い」で成り立っています。
「かわりばんこ」とは、分け合い精神でもあり、相手が遊んでいる時には自分が我慢しなければなりません。
子供は遊びの中で社会性を身に付けて行くのです。

昔からの遊びには、そうした要素が多分に含まれています。
鬼を交代(かわりばんこ)ですることにより、異なる立場を経験します。
昔からの遊びには「鬼ごっこ」「かくれんぼ」「缶けり」等色々な遊びがありますが、鬼ごっことかくれんぼの要素を併せ持つ「缶けり」に含まれる社会性の要素を見てみましょう。

「鬼ごっこ」は「かわりばんこ」「共同作業」と言う要素の他に、走る運動能力と「追う」「逃げる」と言った、狩猟的要素が含まれています。
この「追う」「逃げる」は、捕まえた時の喜びや捕まった時の悔しさの感情を生みます。
そうした感覚は、目標とする人を追う、追いつかれそうになって逃げると言う感覚のベースになります。

「かくれんぼ」は、「探す」「隠れる」「見つける」と言う要素を学びます。(観察力・洞察力)
「何処に隠れたら見つからないのか」を考える事で、他人の視点を意識して見つからない場所をさがします。
自分だったら、こんな所に目が行くから裏をかいて・・・
そうして駆け引きを覚え、発想力も身に付けて行きます。
鬼は逆の立場から見る事になり、それを交互に繰り返す事で他人を理解し易くなります。

「缶けり」は、「鬼ごっこ」と「かくれんぼ」の要素を併せ持っていますが、缶けりにしかない要素もあります。
それが「仲間を助ける」と言う要素です。
助けようとして失敗したり、助ける事に成功したり。
この成功と失敗が大切な要素になっています。

助けようとして失敗するのと、誰も助けようとはしない事は全く異なります。
つまり故意と偶然の感覚が養われるのです。
自分を助けてくれる場面、助けたくても助けられない場面、助けようとして捕まってしまう場面、助けようとしても諦める場面、鬼に捕まった人はそうした場面を客観的に見る事が出来るのです。
また、自分が助けようとした時、助ける側の難しさも知ります。
助けて貰えないのではなく、助けたくても助けられない事もあり、それは見捨てられるのとは違う事を遊びの中で学ぶのです。(テキストP111参照)

TVゲームや習い事、そして勉強にはこうした要素が無いのです。
つまり、子供の頃にこうした遊びが少なかった子供は、社会性に必要な感覚が育っておらず、社会に出た時に他人を理解し難く、自己愛が満たされ難くなってしまいます。

しかし、社会性に必要な感覚が身についていなければ、自分の感覚が基準である為、何処に問題があるのかさえ気付く事は出来ず、問題を自分以外の物に求めてしまいます。

「社会性の喪失と心の病の関係」で、心の病とは「社会性が失われる事」と書きましたが、その原点にはこうした要因があるのです。

こうした原点で間違えやすい所は、子供の頃に沢山遊んで感覚として学んだ物と、成長してから理屈として覚えた物とは別物と言う所です。
感覚として学んだ物は、意識と感情が同一化されていますが、理屈として学んだ物は意識と感情に解離が生じ、意識で感情を抑えなくてはならず、それがストレスの蓄積になってしまうのです。

宗教と心の病

ここで、少し宗教と心の病の関係を見てみましょう。
集団ストーカーやガスライティングの犯人は宗教団体と主張する人がネットの中にはたくさんいて主張を繰り返しています。
何故そうした主張が生まれるのでしょうか?また、トラブルを引き起こす宗教団体は何故トラブルを引き起こすのでしょうか?

その謎に迫ってみましょう。

実は、心の病と宗教は相性が良く、下手な投薬治療よりは宗教の方が効能は高いのです。

心の病における宗教の効能は、まず自分の存在を認められ仲間が出来る事。
そして、心の内を話せる人の存在。

それだけに、変な宗教は危険でも有るのです。

宗教の一番の危険性は「依存」。

宗教に頼りすぎる事は、依存症と変わらないのです。
依存に陥る人は、満たされない心を満たしてくれる物に依存します。
その心を満たしてくれる物が、アルコールであればアルコール依存になり、買い物であれば買い物依存、恋愛であれば恋愛依存になります。

その依存対象が宗教になれば宗教依存となりますが、依存の対象が神に変り、依存の対象が神になると、「依存」は「信仰」と呼び名が変わります。
そして、呼び名が信仰になると、病気とは見なされなくなります。

「信仰心が厚い」とは極度の依存症とも言えるのです。

「信仰心」という物を「依存」と言う側面から見てみると、集団ストーカーやガスライティングに於ける宗教関係のトラブルが分かり易くなります。

依存症の人達と、依存する物を奪われた人の抗争。

「宗教にすがりたい気持ち」が生まれる時点で、心が満たされておらず依存の要因を持っています。

宗教は、そうした要因を解消したり軽減する要素を持っていますが、それで心が救われる人もいれば満たされない人もいます。
そして心が満たされない人は脱退して、所属していた宗教団体に監視妄想を持ち始める人も出てきます。
そこにあるのは「自責の念」。

残された仲間だった人は、裏切られた気持ちを持つ人も出てきます。

心が満たされないとは、自己愛が満たされていないと言う事なのです。
自己愛が満たされない事は、心の病の発病の要因です。

そして、お互いが発病すれば泥沼化。
そうして生まれた「陰謀説」を、宗教に無縁だった人もアポロ11号の捏造説と同じようなメカニズムで信じて行く。


私は、心の病からの真の回復とは「自律」する事だと考えています。

野生の動物達に宗教はありません。
それでもたくましく生きているのは「自律」しているからなのでしょう。


回復に向けてのステップ 4(治療とは別に)

同じ心の病を発症した人でも、治療を受けて治る人もいれば、治療を受けても何年も治らない人もいます。
何故治る人と治らない人がいるのでしょう?
また、一度は治っても再発してしまう人もいます。
何故、再発してしまうのでしょう?

治る人、治らない人、その違いは大きく分けて2つあります。
一つは、診断ミスや投薬ミス等の治療その物の間違い。
これは、セカンドオピニオンやサードオピニオンで対処できます。

二つ目は、発病の要因が取り除かれていない事。

さて、要因の話しに行く前に、病気を発症する原因と治療の関係を理解しましょう。

大雑把に言えば、心の病とは脳内ホルモンのバランスが崩れる事。
治療とは投薬治療で脳内ホルモンのバランスを整える事。
しかし、脳内ホルモンのバランスを崩した要因までは取り除けません。

その脳内ホルモンのバランスを崩す要因が「ストレス」です
脳内ホルモンのバランスが戻って社会復帰しても、そこでストレスを感じていたら同じ事を繰り返すだけですよね。

ストレスをストレスと感じなくするには、意識と感情と感覚を同一化させる事です。
それには、子供の頃に経験して来なかった事を経験して感覚として学ぶ事。

知識としての理解ではなく、経験の積み重ねによる理解。
冒頭のタイトルでもある「一事を経ざれば一知に長ぜず」を実践する事です。
経験を伴わない知識は自信が持てません。
それは「自分に対する自信」でも有るのです。

もう一つ、ダメージを受けた脳を回復させる事。
虐待を受けて育った子供は、受けた虐待に符合する脳の部位が萎縮している事が分かっています。
つまり、ストレスに感じる部位の血流が悪くなり、脳が萎縮しているのです。
しかし、脳には可逆性があり、回復する事ができます。

そして、虐待を受けていなくても虐待と同じ影響を受ける事もあるのです。

回復に向けてのステップ 5(可逆性)

ダメージを受けた脳を回復させるには、脳を使いトレーニングする事です。
脳は筋肉と同じで、鍛えれば発達し、使わなければ衰退します。

脳が萎縮していたとしても、その部分を鍛えれば回復するのです。

脳を鍛えるとは、どの様にして行うのでしょうか?
脳を鍛えるには、まず体を動かす事。
自分の足で歩き、色々な物を触り、色々な匂いを嗅ぐ事です。

脳は、勉強や学問によって発達する訳ではなく、五感からの神経の刺激によって発達します。(テキストP6参照)
特に「触覚」は、多くの刺激を含んでいます。
触る事で、温度や硬さや質感など、非常に多くの刺激が得られます。
そうした刺激を受ける事で感情が生まれます。(テキストP36〜参照)
触る事で得られる感情、特に他人と触れ合う事で得られる感情が大切です。

また、歩く事の重要性は、世界を自分の体で測る事です。
人間は、自分の体を物差しにして世界を感じています。
例えば、子供の頃に大きく見えたり、広く感じた物でも、大人になって見直してみると大きさや広さは違って感じられます。
それは、自分の体と言う物差しが変わったからです。

成長すれば歩幅も変わり、距離感も変わります。
そうした物理的な距離の感覚が、対人関係などの距離感にも影響します。
物差しとは「基準」です。
歩くと言う事は、色々な物差しを作ると言う事です。
まずは、基準となる物差しを作ることです。

基準となる物差しが有って、他の尺度への変換が出来るのです。

例えば幼稚園程度の子供に、日本の地理的な話をしても、どれだけ遠いのかを理解する事は出来ませんよね。

自分の足で走り回り、近所の距離感を得て、少し遠い所にも行き、自転車に乗る事を覚えて、乗り物に乗れば時間を短縮できる事を知り、物理的距離と時間的距離の感覚を得て行きます。

物理的距離の感覚が無ければ、時間的距離と言う感覚も生まれて来ません。
同じ様に、物理的距離感は対人的な距離感や精神的距離感にも影響します。
(テキストP48〜52参照)
自分の足で動き回り、色々な物を触る事は、空間を計る物差しを作ると言う事なのです。

もう一つ、脳を発達させる方法として「目を見て会話をする」事です。
人間の脳は、道具を作ったり、使いこなす為に発達してきた訳ではありません。
人間の脳は、コミュニケーションを取る為に発達してきたのです。
(テキストP6、P18〜21参照)

目を見て話をすると、前頭葉の血流が良くなる事は実験でも証明されています。
人の目を見て話をする事が出来ない人は、前頭葉が発達していないのです。

扁桃体の衝動を抑えるのが前頭葉で、扁桃体の衝動に支配されているのが、集団ストーカーやガスライティングの被害を訴える人達なのです。

集団ストーカーやガスライティングと言った感覚から逃れるためには、前頭葉を発達させる事が不可欠なのです。

脳の状態を簡単に知る方法は、自分の苦手とする事を把握する事。
苦手意識を持つ部分が発達していない事を表していると言っても過言ではありません。

苦手だからと言ってやらなければ、発達しませんよね。
他人の助言でも、自分が傷つく事には真実があります。
真実が無ければ傷つく事もありません。

集団ストーカーやガスライティングを主張する人は、耳障りの良い言葉だけに耳を傾け、耳障りの悪い事は拒否していますよね。

それはそのまま、脳の未発達を表しているのです。
つまり、耳障りの悪い事を受け入れ、それを是正して脳を発達させない限り、集団ストーカーやガスライティングの感覚からは抜け出せないのです。

脳の発達とは、勉強が出来るとか、高学歴ではなく、どれだけ五感からの刺激を受けて育ってきたかなのです。

最も簡単で難しい前頭葉の鍛え方は「後回しにしない事」です。
何かをやろうとした時、面倒臭いと思った事ほどやる事です。
面倒臭いと感じる事は扁桃体で感じた感覚、それをやる事は前頭葉が扁桃体を抑える事です。
焦りを感じるのは扁桃体の衝動、焦りを抑えるには前頭葉が扁桃体の衝動を抑えられるようにならなければなりません。

そうした事を繰り返す事が、前頭葉を鍛える事になるのです。
そして、面倒臭いと思う事をあえてする事は、経験を積む事となり意識と感情を同一化させる事にもなるのです。

回復に向けてのステップ 6(言葉)

当たり前のように使っている言葉。
しかし、言葉は思考の道具であり、コミュニケーションに必要不可欠な物です。

当たり前のように使っている言葉をもう一度見直してみましょう。

言葉は思考の道具、しかし見方を変えれば言葉でその人の思考状態がわかるのです。
例えば、子供がジュースが飲みたい時に、親に「ジュース」とだけ言います。

これは、自分がジュースを飲みたいと言う願望だけを口にしています。

その背景には、自分の願望だけ言えば「親は自分の願望」を察してくれると言う前提があり、親も子供の願望を察する事で成り立つ会話なのです。

しかし、「親が子供の願望を察する」と言う前提が無ければ、子供の願望は親には伝わりませんよね。

その前提の無い関係が「他人」なのです。
そして、日本語はこうした前提を基にした言語でもあり、話す側にも聞く側にも「相手を理解しようとする気持ち」が必要なのです。

さて「ジュース」とだけ言った子供は、相手の立場になって言葉を使っているでしょうか?
自分の事だけしか考えていませんよね。

自分が「ジュース」と言った時、相手はどう受け取るのか?ジュースだけで伝わるのか?そんな事考えていませんよね。

相手に伝えるには、5W1Hが必要です。
5W1Hとは、Who(誰が) What(何を) When(いつ) Where(どこで) Why(どうして)How(どのように)

こどもの「ジュース」と言う言葉には5W1Hがありませんよね。
つまり、5W1Hを基にした思考をしていないと言う事であり、それは感情や欲求を口にしているだけで、論理的な思考をしていないと言う事なのです。
そして、自分自身の中で5W1H的な論理的思考が出来ていなければ、自分の気持ちを論理的に把握することも出来ず、自分でも把握していない思いを人に伝えようとしても伝わる物では有りません。

「言わなくても分かってくれ」「言わなくても察してくれ」「どうせ分かってもらえない」とは、言葉で伝えられない人の詭弁でしか無いのです。

この5W1H的な論理的思考は、子供の頃の親との会話で身に着けると考えられています。
子供が「ジュース」と言った時、親が「ジュースがどうしたの?」と子供に質問し、子供が「飲みたい」と答え、さらに親が「どうして飲みたいの」と質問し、子供が「のどが渇いたから」と答える。
子供にこうした「質問」による会話をする事で身に付くと考えられています。

逆に言えば、こうした親との会話が少なければ身に付かないのです。
それは、他人に自分の気持ちを他人に伝える能力が備わらないと言う事でもあるのです。

しかし、それは言葉が喋れないと言う事とは違いますし、学力が低いという事でもありません。
その為、誰も気付かなかったり、見過ごされてしまうのです。

自分の気持ちが人に伝わらなかったり、上手く伝えられないとフラストレーションが溜まり、ストレスとなります。
自分の気持ちが伝わらない、伝えられないと言うフラストレーションは継続的な物であり、それは継続的精神ストレスとなります。
その継続的精神ストレスこそが、心の病を引き起こす原因です。

また、フラストレーションが溜まると、それだけ伝えたい気持ちが大きくなります。
頭の中には伝えたい気持ちが一杯あるのに、口から出せる言葉は一つずつしか言葉には出来ませんよね。
伝えたい思いが多いと、それを口に出そうとする時、その思いが一斉に口から出ようとします。
その時、言葉のボトルネック効果が発生して言葉の交通渋滞が起きてしまいます。

つまり「言葉にならない」「言葉に出来ない」「言葉が出てこない」と言う状態になり、伝わらなさに拍車がかかり、フラストレーションが増大してしまいます。

集団ストーカーやガスライティングの被害を主張する人達や、心の病を持つ人達は共通してこうした傾向を持っています。

「いじめ」を解決するには「自分を変える」「相手を変える」「環境を変える」と言う3つの方法があります。
しかし、「相手を変える」「環境を変える」と言う事は、別の見方をすれば「自分を変えずに相手や環境を自分に合わせる」と言う事でしか有りません。

相手に分かって貰うには、自分の「伝える能力」を磨く事ではないでしょうか?

自分の伝える能力を磨かずに、相手や環境だけ変えようと思うのは自己中心的な発想だとは思いませんか?

自己中心的な人は敬遠されますよね。

自分を変えるとは、伝える能力を身に付ける事です。
人に伝えられる能力を身に付ければ、相手が自分の事を理解して相手が変わります。
自分の事を理解してくれる人が増えれば、自分を取り巻く環境が変わります。


伝える能力を身に付けるには、5W1Hを基にした思考形態と質問による会話を心がける事です。

そして、携帯メールでのコミュニケーションは避けましょう。
何故なら、携帯メールでのコミュニケーションは、「ジュース」の例えと同じ要素しかなく伝える能力が身に付きません。

回復に向けてのステップ 7(親子関係と被害妄想)

心の病と親子関係には密接な関係があります。
虐待やネグレストだけではなく、親から押し付けられた価値観等が関係している事が多く、心の病を治すには親子関係を見直す必要があります。

まず、自分を見直して「今の自分は本当の自分なのか?」を見つめてみてください。
親に好かれようと親の望む子供を演じて来たり、好きな事や、やりたい事を諦めて来たりしていませんか?

もし、親に不平不満があったのなら、その不平不満を親にぶつけることです。
「あの時、なぜあんなことをしたのか?」
「私は○○がしたかったのに、なぜさせてくれなかったのか?」
「私はこうしてほしかったのに・・・」
などなど。

そうした事を、率直に親にぶつけ、納得するまで親子バトル展開する事です。

妄想とは願望の裏返しです。
抑圧された願望が妄想や補完に現れます。(テキストP94〜101参照)

まずは、自分の中で抑圧された願望を知り、吐き出す事です。
それは、親の呪縛から解き放たれる事でもあるのです。

人間の社会性は、親子関係を基にして、それを他人に応用しています。
その基となる親子関係が歪であれば社会性も歪んでしまいます。

親子関係を見直し、親子関係を改善するのが心の病を回復させる一番の近道なのです。

一つ親子関係の改善と心の病の関係の実例をご紹介しましょう。

その人は当時27歳、性別は女性。
私の勧めで病院へ行き、心の病である事が判明。
その時点では親から嫌われていると思い込んでいた。
そればかりか、子供の頃の話や親の話が出ると、急に震えだしたり、震えていた直後に汗をかき出したり、頭痛に襲われたり、激しい自律神経症状が起きていた。

交際中の彼氏と喧嘩をすると風俗店で働いたり、心と性が非常に不安定な状態だった。

祖父の入院を切っ掛けに、お見舞いに行き両親の昔話を聞くように指示。
両親の昔話を聞くことにより、自律神経症状が軽減され始める。

祖父の死後、両親に過去の恨みつらみを綴った手紙を書くように指示、恨みつらみの手紙は書くも投函せずに破棄し、内容を穏やかに書き直して投函する。

本人は、「絶対返事など来ない」と言いながら投函し、到着後すぐに父親から電話が入る。
この時点で、親の話による自律神経症状は消え、幼年期の話の時だけ自律神経症状が出る状態になる。

そして、親との再会。
この時点では、まだ親子関係に問題が多く、再開するも自殺衝動(脅し)が出て包丁を振り回したり飛び降りようとする行動が出る。

そして、問題を一つ一つ解決させて、彼氏の家を出て親の持つ別宅に一人で住む事になる。
その別宅は、彼女がトラウマを抱える少女時代を過ごした家。
そこでの生活で、時折両親が尋ねてきたりする事で、少しずつ両親との距離が縮まり始める。
その家で、一ヶ月程度過ごした後、彼氏の家に戻る。

この時点で、幼年期の話に触れても自律神経症状は出なくなっていた。

そして、喧嘩と仲直りを繰り返して普通に親と話したり合ったりする事が出来るようになる。

それまでは、普通に合ったり、話したりする事が出来ず、親に会う日が近づくとイライラし始め当日親に会うまでは緊張状態で病気の症状が強く出ていた。
当時は、親子で写真を撮っても皆顔が引きつり、皆が違う方向を向いて写っていた。

普通に会えるようになると、性衝動にも変化が現れる。
荒れてた時期は、一緒にいてくれる相手探し的な性衝動が、彼氏に積極的に性行為を求めるようになる。

心の成長とは、性の成長でもある。
そして、性行動は異性と親密になる行為でもある。
彼氏に積極的に性行為を求めると言う事は、彼氏と親密になりたいと言う心理の現われ。
それは、彼氏に「愛着」(テキストP64〜65参照)を持ち始めた事を意味する。
「愛着」とは親子関係で培われ、親に対する愛着を他人に応用する事で他人との信頼関係を結ぶ。
親子関係で愛着を持てなかった子供は、基となる愛着を持っていないので、他人との信頼関係が築けない。

つまり、彼に対する性衝動は、親に対する愛着が芽生え始めた事を意味する。
それは親に対する行動にも現れている。

より積極的に親と関わろうとし始め、電話やメールの数が増え、休日の彼氏を含めた家族旅行も計画するようになっていた。

この時点で、投薬治療は終了し、検診も2ヶ月に一度程度まで減っている。

そして、待望の家族旅行。
彼氏を含めて家族との距離が一気に縮まる。

そして変化が現れる。
彼氏に触られるだけで嫌悪感を感じるようになり、浮気の疑いを持ち始める。

これが「信じる」と言う事の壁である。(テキストP66〜68参照)
別に彼氏は浮気をしている訳ではない。
彼女の、信じた物に裏切られる恐怖が、浮気に見せている。
触れられる事の嫌悪感は、親密な愛着を持つ事に対する拒絶である。

それは親子関係に起因する。
これ以上親との距離が縮まると、昔のように裏切られるかもしれないと言う恐怖感が、親と一定の距離を置いていれば今の幸せが続くと思わせる。
しかし、わがままを言い、迷惑をかけても許されるのが親子関係でもある。

彼氏に抱く浮気の疑惑は、親に対する疑惑から来ている。


彼女が「信じる」と言う意味を理解し、乗り越えられれば、二度と病気を再発させる事は無いでしょう。



回復に向けてのステップ 8(経験を積み重ねる)

妄想や補完は、自己愛を満たす為の、心の防衛本能のような物です。
しかし、過剰な自己愛は病となります。

自己愛とは、一種の基準値であり基準値が低ければ基準を上回る事が多く、基準が高ければ基準を下回る事が多くなりますよね。

基準を上回る事が自己愛が満たされている時であり、基準を下回る事が自己愛が満たされない時なのです。

自己愛が満たされければストレスとなります。
そのストレスが心の病の原因になるのです。

また、満たされない自己愛を妄想で補い事も一つの病ですし、それが自分に対する嘘でもあるのです。

この自己愛と言う基準を考えて見ましょう。

実力も実績も無い者が、プライドだけ持っているのは不相応なプライドですよね。
自分では実力があると思い、プライドを持っていても、誰からも認められていなければ、そのプライドは傷つきますよね。
しかし、皆に認められているのに、自分では実力が足りないと思っている人のプライドは傷つきませんよね。
傷つかないと言うより、そんなプライドは持っていないでしょう。

自己評価と、他人の評価(社会評価)には相対的な社会力学的な関係(テキストP69参照)があるのです。

しかし、社会力学的関係はあくまでも原石での関係。
原石は磨けば光りますよね。

人も、努力し経験を重ねれば光って来ます。
すると、比較優位が生まれてきます。(テキストP80〜84参照)

そして、経験を積み重ねるほど、それに付帯する様々な事を学びます。
経験で得られる知識は、勉強で得た知識とは違います。

勉強で学んだ知識は経験が伴わず、自信の無い知識。
それは、実力や実績の伴わないプライドと同じなのです。

経験の積み重ねで得られた知識は、実力や実績に裏打ちされた知識です。
それが自分に対する「自信」なのです。

経験を積み重ねで最も大切な物は「失敗」です。
失敗は成功よりも多くの物を学びます。

失敗してやり直す事で失敗しないようになり、何をすれば失敗するかを学び、何処までの失敗ならリカバリー出来るかを学べます。

それを経験して習得すれば、失敗する事に恐れは無くなります。
それも「自信」です。

失敗を経験せず成功してしまった人の自信は、実力や実績を伴わないプライドと同じです。

その経験とは、仕事や勉強に限らず、人生や人間関係に至るまであらゆる経験が必要なのです。

失敗を恐れず、色々な経験を積み重ねましょう。


回復に向けてのステップ 9(愛着と社会性と強さと弱さ)

ここまで色々と書いてきましたが、そろそろまとめようと思います。

心のバランスに必要な物は、愛着と社会性と強さと弱さの関係を知り、自分に欠けている物を補い、身に付ける事です。

親子間で気付かれた愛着を基に社会性が築かれる。
その愛着の原点は、親に守られていると言う安心感です。

その安心感は「自分の知らない所でも親は自分の為に手を尽くしていると言う事を知る事」そして「自分の為に恥をかいてくれる姿を見る事」です。

それが「守られている」と言う安心感を生み、愛着となります。
その愛着を他人に応用した物が信頼となり、信頼は社会性の基礎となります。
つまり、親子間での愛着が育っていない人は、応用すべき愛着が無い為に他者を信頼する事が出来ません。
それが社会性の欠如となって現れます。

さて、強いとは何でしょう?弱いとは何でしょう?
強さを追い求めていても強くはなれません。
自分が強くなったと思っていても、気を緩める事が出来ません。
それは、他者を信じていないからです。

自分一人が強くなったとしても、強さには限界があります。
そして、自分より強い人はいくらでもいます。

強くなろうとする人は、弱い自分が許せなかったり、弱い部分を見せようとしなかったり、強がってみたり、常に他者に強いと思われようとします。
そして、人は強いと思っている人を助けようとはしませんよね。

それでは何時までも気が抜けません。

でも、自分の弱さを認めて、自分の弱さをさらけ出せる人を人は助けようとします。
自分の足りない所、出来ない所を他者に助けてもらえば、実力以上の力を出す事が出来ます。
お互いに足りない所を補い合い、協力し合えばその力は何倍にもなるのです。
それが社会性なのです。

それには、他人を信じる事が必要なのです。

経済学で言う「コミットメント」と「ホールドアップ」(テキストP78〜P80参照)
ホールドアップを恐れていてはコミットメントは出来ません。
他者を信じられない人がコミットメントをするには、ホールドアップされる不安と戦わなければなりません。
しかし、他者を信じられる人はホールドアップされる事などあまり考えません。

そこに大きなストレスの差が生じます。

この原点が、愛着なのです。

つまり、心の病の特効薬は「人を信じられる様になる事」なのです。

さて、こうした人間の社会性を知った上で、集団ストーカーやガスライティングの被害を受けていると言う人をもう一度見てみましょう。

何でも疑いの目を持ってみていませんか?
人間の社会性の本質が「人を信じる事」に対して「人を疑う事」が本質になっていませんか?


それが凹凸の逆転した世界観なのです。
凹凸の逆転した世界観は、この「自分を見続ける恐竜」と同じ錯視を生みます。
このペーパークラフトの恐竜は動いていません。
しかし、自分を見続けるように首を振り、自分を見続けているように見えます。
この錯視こそが、見られていると感じる監視妄想の脳のメカニズムなのです。

見られている錯視から逃れる為には、凹凸の逆転を是正しなければ治りませんよね。
その凹凸の逆転を是正するには、人を信じられる様になる事なのです。

その第一歩は「笑顔で挨拶」から始めましょう。
笑顔で挨拶する事はコミュニケーション、つまり社会性の始まりです。

ホールドアップされる事を恐れていてはコミットメントは出来ません。
コミットメントをしてホールドアップしてくる相手には社会性がありません。
ホールドアップする相手はホールドアップされる運命、ホールドアップされてもコミットメントする人に人はコミットメントします。
そしてホールドアップされればホールドアップしそうな人を見抜けるようになります。(テキストP73・74参照)
しかし、ホールドアップを恐れてコミットメントをせずホールドアップされた経験が無い人は、ホールドアップしそうな人を見抜けず、全てに疑いの目を持って見てしまいます。

この社会性の原理を信じて行動する事も「信じる」と言う事なのです。

まずは隠し事をせずオープンになりましょう。
秘密を持てば、弱みになります。
弱みを握られれば、それをネタに揺すられたりしますよね。
しかし、その弱みを曝け出してしまえば弱みは無くなりますよね。
弱みが無くなれば揺すられる事も無くなりますよね。
秘密がバレるかどうか心配する必要も無くなりますよね。

弱みが無くなり、秘密がバレる心配も無くなる。
それは最強と言う事ではありませんか?

これも凹凸の逆転の世界観です。

困った時には、自分一人で何とかしようとせずに「助けて」と言いましょう。
間違えた時にも一人で何とかしようとせずに「間違えた」と言いましょう。
失敗した時も、一人で何とかしようとせずに「失敗した」と言いましょう。
失敗して叱られるのは、信頼されている証です。
信頼されていなければ、任される事もありませんから、叱られる事もありません。

誰かに迷惑をかけましょう、迷惑をかけられたら許しましょう。
迷惑をかけた事が無い人が、迷惑をかけられれば腹立たしく思えます。
誰かに迷惑をかけていれば、迷惑をかけられてもお互い様で許しあえます。
自分が誰かを必要としなければ、誰も自分を必要としてくれません
それが「孤独」を生みます。
迷惑を掛け合えず、許し合えない世界も孤独になります。

迷惑を掛けるだけ掛けて他人を許さないのが集団ストーカーやガスライティングを声高に叫ぶ人達でもあるのです。

そして、助けられたら(迷惑を掛けたら)感謝の意(謝罪の意)を表しましょう。
助けられたら、お返しをしましょう。
迷惑を掛けたらお詫びをしましょう。
助けられたら自分も誰かを助けましょう。
迷惑を掛けられたら迷惑を許しましょう。
助けられただけ、助けた人にお返しをしましょう。
そのお返しは、等価以上にして返しましょう。

等価以上にして返す事に「損」と言う感情が生じるのなら、まだまだです。
そのお返しとは、相手に対するお返しではなく、自分の心のバランスを保つ為の物なのです。
相手に対して感じる「損」とは、自分の心の「損」でもあるのです。

助けられた事に何も返さなければ、損得勘定では「得」かも知れません。
しかし、「得」と同じだけ自分の心に負債を抱えます。
それが「自責の念」を生み、世界観の凹凸の逆転を招きます。
等価で返せば「足りないかもしれない」と言う疑念を持つかも知れません。
等価以上を返していれば、少なくとも受けた恩に対して過小評価しすぎる事はありませんよね。

お返しとは、自分の心に負債を抱えない為に行なう事でもあるのです。
そして、お返しをすれば、その人はまた自分に困った事があれば助けてくれます。
また助けてくれるという事は、自分の為でもあるのです。
それは「損」ではなく「得」ではないでしょうか?

これも世界観の凹凸の逆転ですね。

回復に向けてのステップ 10(比較と基準)

貧困とは何でしょう?
貧困国と呼ばれる国は、本当の意味で貧困なのでしょうか?

例えば、石器時代に狩をして生活していた人は貧困なのでしょうか?
いや、自分の事を貧困だと思っていたのでしょうか?

恐らく、貧困という概念すらなかったでしょう。

昔、ブッシュマンと言う映画が有りました。

その映画に出ていたニカウさんは貧困という概念を持っていたのでしょうか?
映画を見る限りでは、皆幸せそうな優しい顔をしていました。

貧困国と呼ばれる国の人と、原始的な生活を送っている人、どちらが「貧困」なのでしょうか?

その疑問その物が、恐らく答えでしょう。

それは「比較」なのです。

比較する物がなければ、貧困と言う概念は生まれません。
他者と比較するから格差の概念が生まれます。

もし、貧困国と呼ばれる国の人が、比較すべき他者の情報を全く知らずに生活していたら、貧困という概念は生まれるのでしょうか?

恐らく、豊作の時、不作の時の環境の違いだけの貧困に対する概念が生まれるでしょう。

逆に、毎年同じだけ収穫できるのなら、そうした貧困の概念も生まれないでしょう。

「あの頃は良かった」という感情がそれに当たります。

では、喜びと言う物を考えてみましょう。
原始的な生活を送っている人に、喜びはないのでしょうか?

原始的な生活を送っている人にも喜びや悲しみはあります。

例えば、獲物が獲れた時、食べ物を食べる時には、食べられる喜びを感じるでしょう。
しかし、、食べられないひもじさを経験していなければ、喜びとして感じないでしょう。

そんな原始的な生活をしている人に、鬱病は発症するのでしょうか?

ここで、もう一度「貧困」という物を考えてみよう。
原始的な生活を送る人と、貧困国と呼ばれる国に住んでいる人、どちらが貧困なのでしょうか?

生活レベルから見ると、家も持たず狩をしながら原始的な生活をしている方が貧困と言えるのではないでしょうか?

しかし彼らは貧困ではありません。


以前、あるテレビ番組で、ある村の特集番組を見ました。

その村に住んでいたのは、かつて原始的な生活を送っていた人達です。

その原始的な生活を送っていた人を西洋人が発見し、人間らしい文化的な生活をさせる為に西洋文明を伝えました。
村人は、西洋人が来るまでは皆幸せだったと言います。


西洋人が、服やテレビなど村人に教える。
服やテレビはお金を払って買わなければならない。
そのお金を作るには働かなければならない。
働くには町に出なければならない。

そして家族が離れ離れになってしまう。

一人が待ちに出て文明品を持ち帰ると、連鎖的に文明を求める人が出て来る。
村で便利な電気製品を使うには電気がいる。
電気もただではない。
またお金がいる。

西欧文明入ってきた事で、お金に追われ、家族と過ごす時間が無くなり、幸せではなくなる。

では、文明が貧困の原因なのでしょうか?
いやそうではありません。

違いは「比較」でしかないのです。

平等を求める心理が、貧困と言う概念を生みます。
その平等とは、比較する物が無ければ生まれません。

貧困と感じるかどうかは、比較の概念次第で変わるのです。
つまり、比較の対象を変えてしまえば貧困の概念も変わるのです。

さて、この比較と言う物を、もう少し詳しく掘り下げて見ましょう。
比較で重要になるのは「公平性」です。

人は皆平等を求め、不平等を感じると不満や怒りを感じます。
しかし、この平等と言う「感覚」は、バランスで成り立っています。

世の中、全ての人が同じ境遇、同じ環境ではありません。
ある人は、AとBを持っている。
ある人は、AとCを持っている。
その、二人にDを与えても不公平感は出ません。

しかし、AもBもCも持っている人にも、Dを与えれば不公平感が出ます。

問題は、相手が何を持っているか、何を持っていないかは、コミュニケーションを取っていなければ分からないのです。

つまり、コミュニケーションを取っていなければ、相手は本当は何を持っていて何を持っていないかが分からず、自分より沢山の物を持っていると錯覚してしまい、不公平感を持ってしまうのです。

また、コミュニケーションを取り、相手を理解し、仲間意識を持った相手には「親和性」が生まれ、相手を「許す」事が出来ます。

恵まれていると思っていた相手。
羨んでいた相手。

その人と話さなければ、その人を知る事は出来ません。
話してもいない相手の境遇は想像でしかないのです。

ここで重要なのが「コミットメント」なのです。

人は自分の弱みを見せようとはしません。
しかし、自分の弱みを見せた相手には、自分の弱みを見せようとします。
いわゆる「打ち明け話」と言う物ですね。

打ち明け話をお互いにする事で、相手も自分と同じ様に悩み、自分と同じ様に迷っている事を知ります。

そして、そうした関係が広がって行くと、誰もが悩みを抱えている事を知り、自分だけが悩んでいる訳ではない事を知り、社会に対する親和性が生まれます。

コミットメントが出来ない人は、社会に対する親和性が生まれず、常に不公平感から、不満や怒りを感じ、「許す」事が出来ないでいる事になります。

その不満や怒りが妄想を生んで行きます。


集団ストーカーやガスライティングと言った妄想から抜け出す方法とは、自分のコミュニケーション能力を高める事なのです。

回復に向けてのステップ 11(自傷被害者達と対峙してみる)

人に教えると言う事は、二度学ぶ事。

もし、集団ストーカーやガスライティングの妄想から離れられたのなら、今度は逆に数段ストーカー妄想やガスライティング妄想を持つ人達と対峙してみましょう。

彼等の妄想に「論理的」に反論してみましょう。
とは言う物の、別に論破する必要はありませんし、理解してもらう必要もありません。

その目的は、己を知る事。

妄想を持つ物に論理的に反論すると言う事は、かつての自分に反論すると言う事なのです。

かつての自分ならどういう反論をしてくるかを予測し、その予測から、どうしたら相手に分かって貰えるかを論理的に考えて反論してみましょう。

かつての自分と全く逆の視点や立場で物を見る経験も必要なのです。

しかし、何処まで行っても平行線をたどるでしょう。

平行線になって諦めるのではなく、反論を続けてみましょう。

その平行線が続いていれば、それだけ経験知が上がり、かつての自分への理解が深まり、今の自分への理解、そして他人への理解につながり、他人への理解が深まればコミュニケーションも取りやすくなります。

そうなれば、集団ストーカー妄想やガスライティング妄想に捕らわれる事はなくなります。


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