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| 世界を作っているのは人の心 |
| 心は物凄い力を持った物なのです、芸術やビル、ゲームから兵器に至るまで、全てが心の産物なのです。 全ての人工物は、人の心が無ければ作られないのです。 ビルを造りたいと思う人がいなければビルを造る人はいません。 まずそこには「ビルを作りたい」と思う人の心があるのです。 そして、お金を稼ぎたいと思う心、仕事をしたいと思う心などの色々な心を具現化したのが、ビルなのです。 万里の長城も、漢民族が北方騎馬民族から守りたいと思う心の具現化ですし、スペースシャトルも宇宙を夢見る人類の心の具現化です。 人の行動も心で思わなければ何も行動しません。 勉強したいと思わなければ勉強しませんし、旅行に行きたいと思うから旅行に行くのです。 |
| 自由という名の不安、不自由を求める心 |
| 人は自由を求めます。 しかし、人は自由を手に入れると不安になる事をご存知ですか? 旧ソビエトからミグ25で亡命したパイロットがいました、そのパイロットはアメリカへ自由を求めて亡命しました。 しかしその後そのパイロットはソビエトへ帰って行ってしまいました。 その理由と言うのが、自由になじめなかったのです。 旧ソビエトは社会主義で仕事などもレールが敷かれ、自分で決める事は少ない社会でしたが、アメリカは自由の国で、仕事を決めるのも自分で選んで決めなければなりません。 その何でも自分で決める事が出来ると言う自由に、なじめなかったのです。 この事を映像的に分かりやすく理解できるのが、アニメのエバンゲリオンの最終話です。 何も無い空間に浮かんでいる自分、そこには何処へでも好きな所へいける自由がある。 でも、どうしてよいのか分からない。 そこに地面と言う不自由を与えると、何処へでもいける自由がなくなる代わりに、その地面と言う不自由の上を立って歩けるようになると言う内容でした。 これを現代社会に当てはめてみよう。 学校を卒業するまで「学生」と言う不自由の中で育った子供が、社会人と言う名の学生より自由な社会に出て行く訳です。 そこに、ミグ25のパイロットと同じ様な心理状態になる人がいても不思議ではありません。 人の心は、自由に憧れ、不自由に安心感を得るのです。 |
| 同じ物を見ていても感じる事は人それぞれ |
| 同じ物を見ていても、人によって感じる事はそれぞれに違います。 例えば「猫」。 猫好きの人にとっては、猫はとても可愛く愛すべき動物ですが、猫嫌いの人にとっては忌むべき存在です。 そして猫好きの人にとっては、服に猫の毛が付いてもさほど気にならないのですが、猫嫌いの人は毛が一本でも付いていたらとても気になります。 これは、主観的な要素による物です。 同じ様に、同じ犬でも犬好きの人には「可愛い動物」と感じ、犬嫌いの人には「怖い動物」と感じます。 犬が可愛いと思っている人は、犬が自分に向って走って来ても噛み付くと思う人は少なく、犬が怖い人は噛まれるかも知れないと思います。 この様な主観的な見え方や感じ方は、その人の環境や経験などにより、同じ物を見ていても千差万別なのです。 先日、テレビで面白い実験をしていました。 南国の写真の下に○ンゴと書いてあり、そこの○に字を入れる実験でした。 そして大多数の人が「サ」と言う字をいれ、サンゴと言う回答でした。 この写真が、食べ物であれば「ダンゴ」になるでしょうし、社交ダンスであれば「タンゴ」になるでしょう。 このように、感覚的な影響で思い描くイメージは変わります。 こう言った事は、日々の人間関係にも多大に影響しています。 同じしぐさや言動、行動でもその相手が仲の良い相手と、仲の悪い相手では受ける印象が変わります。 |
| 他人の目は自分の心の鏡 |
| 他人が自分の事をどう思っているかなんて、実際には誰にも分かりません。 自分が思う他人から見た自分、それは自分の心が自分にそう思わせているにしか過ぎないのです。 他人が自分の事をどう思っているかと言うイメージは、自分が他人にこう思われていると言う自分自身のイメージでしかないのです。 つまりそれは鏡に映った自分の心。 そして、その自分で感じたイメージが自分の世界観を形成していきます。 そのイメージ次第でその人の人生は変わってしまいます。 逆に言えば、イメージの持ち方次第で、同じ人生でも、幸せに感じる事も、不幸に感じる事も出来るのです。 |
| コンプレックスは自分をアピールする武器 |
| 他人に肉体的な指摘を受ける人は、その事にコンプレックスを感じる人がよくいます。 しかしそれは大きな間違いなのです。 そんな事にコンプレックスを感じる必要は全くありません。 それはコンプレックスどころか、自分を覚えてもらえる武器なのです。 他人から、肉体的指摘を受けると言う事は、他人から見て覚えやすい特徴を指摘されているのです。 ここで、その事をコンプレックスとして捉えてしまうと、そのことを言われる度に心が傷つき、その事を言われる事で暗い顔になり、他人から見れば陰湿になって行きます。 コンプレクスを持ってしまうと、コンプレックスに関係するよな事は他人からの悪口と受け取れてしまい、悪口としての意図しない発言も悪口として捉えてしまいます。 すると、周りの人はコンプレックスを感じている人と話す時にも、気を使って話さなければなりません。 そんな気を使って話さなければいけないような人とは話したくもありません。 当然そこには疎外感が生まれます。 しかし、その肉体的な指摘を自分でアピールしてしまえば、肉体的指摘も悪口になりませんし、周囲の人もその事に気を使う必要も無く、付き合いやすい相手になります。 特に、ユーモアをもって自分の肉体的コンプレックスである所をアピールすれば、その効果は絶大です。 こんな事一つで、友達のいない人が、一気に人気者になることも在るのです。 当然、両者の間では前章の自分のイメージする世界観は180度変わります。 人は陽気な人を好み、陰気な人を敬遠します。 コンプレックスに悩み、陰気な波動を発していれば人は遠ざかり、その陰気さがわずらわしく思えていじめの原因になることも在りますし、話していても楽しくありません。 陽気な性格の人は一緒にいる事が楽しく感じ、人が集まってきます。 |
| 心が作り出す顔 |
| 昔から言う言葉に「美人は3日で飽きるがブスは3日で慣れる」と言う言葉があります。 この事はさておき、人の心が顔を形成するのです。 どんなに顔立ちの悪い人でも、陽気な性格でいつも笑顔が絶えない人は、可愛らしい印象を人に与えます。 しかし、どんなに顔立ちが良くても心がすさんでいる人は怖い印象さえ受けます。 ブスと言う言葉は実際には現実的な言葉ではありません。 言うなれば、自分の好みではないと言うだけの言葉です。 しかし、今まで説明してきましたように、人の心はイメージで感じ方が変わります。 そのイメージは変えることが出来るのです。 顔立ちの悪い人が、誰かに最初に合ったときに陰湿にしていれば、そのままブスと思われ、その後もそのイメージで見られてしまいます。 しかし、最初の出会いの時に陽気な印象を与えれば「アバタもエクボ」に見えてくるのです。 顔立ちの悪い人は、その事をコンプレックスに感じ、そのコンプレックスが自分の顔を作っているのです。 つまり、心が顔に表れるのです。 芸能人でも、顔立ちの悪い人でも人気のある芸能人は沢山います。 それらの人は、顔とは違う魅力があるから人気があるのです。 逆に、どんなに綺麗な顔の芸能人でも人気も無く消えていく人も沢山いるのです。 |
| この心の理論を実際に使ってみた |
| 私には娘がいますが、小学校の時からいじめを受けていました。 いじめの原因は、フィリピンとのハーフで、肌の色や顔立ちなどによる物でした。 最初は、肉体的違いを指摘される事から始まり、悪口としてフィリピンとか日本人じゃないとか言う物でした。 そう言った事から、顔やハーフと言う事にコンプレックスを感じ始め、クラスの皆と対立するようになり、友人は同じ境遇のフィリピンとのハーフの子と、クラスで仲間はずれにされた独眼の女の子になってしまいました。 そして学校では、「おでこ」が広い、脂ぎっている、黒い、などとからかわれて仲間はずれにされていたようです。 そんな娘に「コンプレックスをアピールできるようになりなさい」と、教え込んでいましたが、子供ですのでなかなか実践出来ませんでした。 中学に入ると、いじめはエスカレートし、家に帰ると部屋に閉じこもって泣いているときもしばしばありました。 そして中学2年の時に引越しをし、新しい学校へ転校しました。 その時に、肌の色を言われたら「私、まっくろくろすけなの」とか、脂性のおでこの事を言われたら「ピカリン光線発射」とか自分でそれをギャグにしてみなさいと、アドバイスをしました。 そして家で練習させていたのが「ボケと突っ込み」 これは、自分のコンプレックスをギャグにする最高の練習と思っているからです。 例えば、夜に部屋の電気を消して色が黒い事をネタに「何処や〜消えるな〜!」「ここにおるワイ!」、「ア〜ナタ〜ノクニハ〜ド〜コデスカ〜?」「日本人じゃ〜ボケ!」などと親子で漫才をしていると、そう言ったコンプレックスに関する感覚が薄らいで行きますし、こう言ったネタが自然と出てくるようになるのです。 この転校の時点では、まだ自分からコンプレックスをユーモアでアピールする事は出来ませんでしたが、ボケと突っ込みの練習のおかげで、その事を言われてもあまり気にしない様になり「私ハーフだから」と自然に言えるようになりました。 そしてそれだけで新しい学校では、クラス以外の友達からも「一緒に帰ろう」と誘われたり、放課中に人が集まってきて「何処の国の人なの」と聞かれ「外人じゃなくてハーフ!」などの会話が弾み、あっという間に人気者になってしまいました。 まあ、スペインクォーターのフィリピン人の母親と日本人の父親とのハーフなのでエキゾチックな顔立ちをして、肌の色も違うので、珍しかったのでしょうね。 ただ、心の中では前の学校とのギャップに戸惑い、困惑して仲の良い友達も作らず、八方美人的に振舞っているだけでした。 結局、中学在学中は友達と何処かへ遊びに行く事は一切無く、友達が遊びに来た事も無く、友達と仲良くすると言う所までは心が回復していませんでした。 それでも前の学校では友達の名前が4人しか出てこなかったのに対し、クラス中の友達の全員の名前が出るようになり、学校の話をする時には目を輝かせて話をするようになりました。 新しい学校でも、一人だけ隣の席にいじめっ子が出現しました。 その子は、石を投げてきたり、私の店の前を通りかかる時にショーウインドウなどを叩いていくのです。 しかし、私の商売は「探偵と防犯屋」です。 しっかりと防犯カメラはデモ用に付いています。 そして即座に学校へ通報! 当然、その子は学校で説教を食らいますが、防犯カメラに映っていない「いじめ」は「やってない」と言い張ります。 そこで、授業参観の時にちょっと怖いオジサンのいでたちで、娘の席に行き「友達と仲良くやっているか?」と話をしている最中、その子を睨みつけました。 その後、一切いじめは無くなりました。 これも、心理作戦の一つなのです。 いじめている子の親が怖い人と言う印象を与えてしまえば、後は勝手に思い込んで行きます。 そして、高校進学。 登校初日にクラスメイトと「あだ名」を決める時、自分から「私、デコ!」と言いうと、新しいクラスメイトから「それイイ!」とうけてしまい、自分のコンプレックスをアピールする事が「うける」と言う事を実感したようです。 その他にも。肌の色が黒い事を「私、闇夜に溶け込むから〜」とか自分の肉体的違いをギャグにして、自分で言う事が結構楽しいらしく、いじめられっこだった娘が、クラスの中心人物にまでなってしまいました。 ハーフである事は、幼稚園や中学生の時には差別の対象ですが、中学からは憧れに変わります。 ただ、小学生の時の仲間がそのまま同じ中学に進学するので、そのイメージを引きずっているだけなのです。 転校する事により、そう言った固定観念のない環境になればハーフはセールスポイントになります。 それまで、ハーフである事を「どうして私はハーフに生まれてきたの?どうして肌が黒いの?どうして日本人のお母さんじゃないの?」と自分の出生を悲観していた娘が、今では「何処の国とのハーフ?」と聞かれると「お父さんは日本人、お母さんはフィリピン人、ママのおじいちゃんはスペイン人、3つの国が混じっているの」と自慢げに話すようになりました。 誰とも遊ばなかった娘が、今では毎日のように友達と遊びに出かける様になり、性格や生活が180度変わりました。 結構長い年月が掛かりましたが、私はこの方法で娘のいじめを解決しました。 |